さわ子と紬の部屋

□私だけの呼び方
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「・・・ちょっと早く来過ぎちゃったかな。」
まださわ子先生との待ち合わせ時間まで30分ある。
「うん!でもせっかくのデートなんだから!待たせちゃ悪いわよね!」
ふんす!と唯ちゃんのマネ。
今日はとっておきの白のワンピース。ふわり、と一回りしてみる。
「・・・大丈夫よね。うん、可愛い可愛い。」
・・・自分で言っても説得力ない。先生、ちょっとはドキドキしてくれるかな。

デートって言っても。ここにこぎつけるまではけっこう苦労した。
きっかけは校内放送。
「琴吹 紬さん。山中先生がお呼びです。至急進路指導室まで来て下さい。」
ええっ!・・・先生ったら大胆。みんなにバレちゃっても知りませんよ?
私はウキウキしながら進路指導室に向かった。

「・・・ええー?ほんとに進路指導だったんですかー?」

「・・・なんだと思ってたのよ?」
「私、てっきり・・・さっき入り口のドアに鍵かけちゃいましたー。」
先生はため息をついて。
「・・・まぁ、いいわ。ちょっとそこに座りなさい。」
促されるままに先生の向かいの席に座る。
先生は資料を開いて、この大学だと合格率がこうだの、今の第一志望だと可能性がどうだの説明し始めたけど。私はじっと先生だけを見てた。
いつもの優しい笑顔も素敵だけど、真剣な顔も凛々しくて素敵。
「ちょっと。聞いてるの?」
「え?・・・ああ、あー。はい。聞いてますよ、もちろん。」
「・・・まぁ、いいわ。ムギちゃんの成績ならどこもそんなに問題なさそうだし。第一希望はN女子大でいいのね?もうちょっと上も狙えそうよ?」
私は首を振った。
「父の薦めもありますし。・・・みんなと一緒に行こうって言いましたから。」
「そう。・・・じゃ、いいわ。ご苦労さま。もう行っていいわよ。」

せっかく二人っきりなのに。これで終わり?

「ねぇ、先生?」
「なぁに?」
「今度の土曜日、デートしません?」
先生はげふんげふんと咳き込んだ。
「しません!・・・言ったでしょ、あなたは生徒、私は先生。」
んもぅ。もうちょっとでキスするとこまでは行ったくせに。
「だいたい受験生でしょ?あなたなら大丈夫だとは思うけど、油断しない方がいいわよ?」
「たまには息抜きもいいじゃないですか。」
「まず勉強しなさい、勉強を。」
ちぇ。私がぷぅ、と膨れたのに、先生はがんばってね、と優しい笑顔。
「そうだ!じゃあ、先生、参考書選ぶの、付き合ってください。」
「土曜日に?勤務時間外よ?」
「お願いします。可愛い『生徒』のお願いー。」
「だいたい音楽教師に何をしろと・・・」
「でも担任の『先生』ですよね?」
「一応筋は通ってると思いますけど。いかがですか?」
ハンバーガーショップで鍛えた接客術を使って。断らせないにこやかなスマイル。
先生はうー・・・と唸って。
「ま、まぁいいわ。参考書だけですからね、参考書。」
「はいっ!ありがとうございます!」
私はウキウキしながら進路指導室を出た。
やったぁ。どこに行こうかな、土曜日。
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