さわ子と紬の部屋

□38ぶんのいち
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その日はたまたま、みんなそれぞれ用事があって。
私は部室で1人、軽音部のみんなを待っていた。

ガチャ。
聞きなれた部室の扉の音がした。
「あら?珍しいわね。ムギちゃん、1人?」
さわ子先生はあたりを伺うようにして入ってきた。
「あ、先生。みんな何だか用事があって遅れるみたいで・・・」
ラッキー。先生と二人きり、なんて。
「あらそう。ねぇ、悪いけどお茶淹れてくれない?」
「あ、はい。」

良かった。真っ赤になってるの気づかれなくて。
私はそそくさとティーポットのところに行くと、いつものようにさわ子先生用のティーカップを出して、一番おいしい紅茶を淹れた。
さわ子先生のところへ持っていく。
先生は山ほどの資料を積んで何か書類を書いていた。
「お仕事ですか?」
聞きながら、ティーカップを邪魔にならないように気をつけて置く。
「そうなのー。あたしイマイチ職員室じゃ集中できないのよねー。静か過ぎるし、お淑やかにしてなきゃなんないし。ここなら適度に音鳴ってるし、自分が出せるし、ちょうどいいのよ。」
「それもどうかと思いますけど・・・」
言葉とは裏腹に私はなんとなく嬉しくなって満面の笑みを浮かべて言った。

「あー、生き返るわぁ。ムギちゃんのお茶、いっつもおいしー!」

しやわせ・・・とつぶやいて無防備な笑顔を見せる先生。
先生はいつもそう。
私がいつもあなたへの一杯は特別な想いを込めて作っている事も知らず。
私は先生の邪魔をしないように少し離れた席に座って先生を見ていた。
一生懸命な顔。
時々眉をひそめて考える。
何か思いついたようにまた書類に向かう。
あんな真剣な眼で見られたら、私、どうなっちゃうかな。
私がこんな風に想っていることなんて何も知らないんだろうな。

ねぇ、先生。
いつか先生の車に乗せてもらった時、私が助手席でどんなにドキドキしてたか知っていますか?
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