さわ子と紬の部屋

□幸せになろうよ。
1ページ/26ページ

「ねぇ、さわ子。あんた、好きな人、いるの?」
私は実家の居間の机に肘をつきながら、きょとんとして母を見つめた。
「へっ?・・・何よ、突然。」
母はため息をついて。
「あんた、全くそういう話、しないから・・・家には全然寄り付かないし。」
おやつの水羊羹を差し出した。
私はそれを食べながら、答えを頭の中で考えて。
「・・・しょうがないでしょ。教職員の休みは貴重なのよ。」
質問の後半部分だけに答える事にした。
「だからってねぇ。あんたもそろそろいい歳なんだから、落ち着いて欲しいのよ。で?誰かいるの?」
「え?あ、うー・・・」
話を逸らすのに失敗した私は生返事。

母はため息をついて。
「いい人がいないんだったら、また親戚のおばさんがいいお話持ってきてくれたのよ?」
ムギの事、早く言わなきゃ、って。
思いながらもずるずると先延ばしにしてきていた。
「早く孫の顔も見たいし、ね?悪い人じゃないと思うんだけど。」
・・・孫の。顔。

『あのね、お母さん。私の好きな人は、孫を作れない人なの。』

心の中でつぶやいて私は途方に暮れた。
なんと言って説明したものか。
それを説明するには、あまりに母はキラキラした目でこちらを見ていた。
「あ、あー。そ、そのっ・・・、わ、私っ。好きな人、いるの。」
みるみるうちに母は満面の笑顔になって。
「まぁ!まぁまぁまぁ!そーよね!そうだと思ったのよ!ね、どんな人?どんな人なの?」
私はしどろもどろになって。
「うん、その・・・まぁ、昔の教え子で、あの、まだ大学生なの。」
すると、母は怪訝そうに。
「え?教え子って、あんたの学校、女子高じゃなかった?」
私は目を泳がせて。
「あ、えっと、うー・・・そう!教育実習で私の学校に来て、私が指導してあげたの。」
よたよたと言葉を紡ぎ出す。
「そうなの。うーん、でもねぇ、最近は就職難だから、大学生じゃ大変ねぇ・・・」
母がぶつぶつつぶやいているのを横目に。
そう。嘘は言ってないわよ。・・・まだ。
私は自己嫌悪に陥っていた。
・・・ごめん、ムギ。でも・・・。
「・・・ちょっと。さわ子。聞いてるの?」
「え?ああ、ああ、何?」
母が私の袖を引っ張って、私は現実に戻ってくる。
「何って・・・だからちゃんと、結婚を前提におつきあいしてるの?」
私は思わずむっとして。
「・・・ちゃんとしてるわよ。プロポーズもしたし。」
「へ?あなたの方からプロポーズしたの?」
・・・しまった。
「えー。うん。あ、でもちゃんとOK貰ったのよ?」
「もう!あんた、なんで親に紹介する前にそんな事するの?いい、物事には順番ってものがあってね?・・・」

私は上の空で、母のお説教を聞きながら。
・・・嘘、言ってない。ちゃんとプロポーズ、した。OK、もらった。うん。
(さわ子と紬の部屋「罠にかけられて」参照の事。)

「とにかく!一度、ウチに連れて来なさい!お父さんにも会ってもらうから。」
私は再び現実に戻ってきて。
「うん・・・えぇ?」
「えぇ、じゃないでしょ?いいわね?」
・・・そうね。いずれにせよ、はっきりさせなくちゃ。
「分かった。連れてくるわ。」
・・・いつかは、ね。
私は『その日』が今日でなくなったことにほっとしていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ