さわ子と紬の部屋

□38ぶんのいち
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そのうち、先生はふ、と顔を上げた。
「・・・静かねー・・・。」

先生はニヤニヤしながら私の方を見た。
「そうですねぇ・・・あっ。」
私はようやく彼女の意図するところを理解した。
「・・・何か弾きましょうか?」
先生は我が意を得たり、との表情で頷いた。
「悪いわね、なんか催促しちゃったみたいで。」
・・・みたいじゃなくて、その通りなんですけど。
「ムギちゃん、ピアノのコンテストで賞取ったことがあるんですって?一度ムギちゃんのソロ、聞きたかったのよね。」

え。

「・・・よくご存知ですね。」
「そりゃあ、愛するムギちゃんのことだものー。」

えええ?

・・・まずいわ。ドキドキ、聞こえちゃってないかしら。
顔、熱い。きっと真っ赤になってる。


「せ、先生・・・それって・・・」


「これでも担任なんだから。色々知ってるのよ?・・・澪ちゃんのスリーサイズとか?」

・・・なんだ。
それはそうよね。先生にとって私は3年2組38人のうちの1人。38分の1。

「・・・な、何かリクエスト、ありますか?」
努めて平静を装って言った。だって何か言わないと泣いちゃいそうだもの。
「そうねぇ・・・じゃ、『誰でも知ってるクラシック』でどう?」
「・・・簡単そうで難しいリクエストですね。」
・・・どうしようかな。選択肢が広すぎて困っちゃう。
せっかくだからピアノの旋律がきれいな曲がいいな。
それでいてBGMとして聞けるような・・・あ。
私はオルゴールでよく使われるあの曲を選んだ。

切なく甘く、時に激しいメロディ。

曲の合間にちょっと先生を確認。眼をつぶって聞いてくれてる。
・・・嬉しい。この曲が終わるまでは先生を独り占めできる。
そしてこの曲が終わったら、私の気持ちを告げよう。そのために選んだ曲だもの。

私が弾き終わると先生は立ち上がって拍手してくれた。
「すごーい。ムギちゃん、さすがねー。」
「ふふっ、ありがとうございます。・・・でも先生。」
「全然仕事してませんでしたね。」
先生はぶーと膨れた。
「・・・いーじゃない。ちょっと休憩してたのよ、休憩。」
軽音部に入って良かった。他じゃ絶対見られない先生の表情。
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