さわ子と紬の部屋

□いんふる!
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「おいしいわ。ムギはいいお嫁さんになれそうね。」

「え?」
ムギのスープを運ぶ手が止まる。
「あ。」
私は思わず顔を上げてムギを見つめる。
「や、やだぁ、さわ子さんったら。」
「あっ、や、いや、そういう意味じゃないのよ、やーね。」
私は照れてしまって慌てて取り消した。
けれど、ムギは真っ赤になって上目使いで私を見つめる。
「・・・違うんですか?」
「へ?」
ムギは目に涙を溜めて。
「私はさわ子さんの『いいお嫁さん』になりたいのに。」 
私をじっと見つめてくる。
私はたまらなく幸せになって彼女を胸に掻き抱く。
「ああ・・・もう!ほんとにもう!可愛いーっ!」
ちょっと前ならにっこり笑って「ばかね。冗談よ。」っていうところだけど。
私は、ムギの前では大人のフリをするのをやめていた。
素の自分で彼女と向き合うのがこんなにも簡単な事だと。
・・・大切な事だったんだ、と。
やってみて初めて気付いた。

「当たり前でしょ。もし誰かがあなたを私から奪って行っても。」
「それが例えどこの誰であっても。世界の果てまででも。必ずあなたを奪い返しに行くわ。」
「ムギ。もう一生離さないから。覚悟しなさい。」
ムギは私の胸の中で、ひまわりのような微笑み。私の一番のお気に入り。
「嬉しい・・・さわ子さん、大好き。」

スープを平らげて、様々な種類の薬を水で流し込んだ。
「一休みしたら、体拭いてあげますね。」
ムギは洗面器にお湯を張ってタオルを持ってきてくれていた。
確かに久々にまともな食事をしたせいか、体が温まって汗をかいたような気がする。
「うん。ありがと。」
私は横になってしばらく幸せをかみ締める。
こんなに誰かが自分の事を心配して傍にいてくれるのはいつ以来だろう。
高校を卒業して以来、ずっと一人暮らしで淋しいなんて思ったこともなかったけど。
一度こんな幸せを味わってしまうと、一人が淋しくて仕方ない。
一人の部屋に帰ってくるとムギが恋しくて仕方ない。
ムギの微笑みを見ているとこの娘を独り占めにしたくて仕方ない。
・・・なんて。
ムギは私がこんなに悶々としているなんて知らないんだろうな。
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