さわ子と紬の部屋

□初めての恋が終わる音
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それは、どしゃ降りの雨の日のこと。
お嬢様はお出かけ前に私につぶやいた。
「あーあ。つまんない。こんな日にお食事会ですって。」
綺麗な一品物のドレスに身を包んだ彼女はため息をついた。
「はぁ。こんなドレスを着て、にこにこお上品に笑ってなきゃいけないなんて。」
「とっても良くお似合いですよ、お嬢様。」
私は少しでもお嬢様の気が晴れるように言った。
でもその緑色のドレスは彼女のためだけに仕立てられた物で。
本当に彼女に似合っていた。思わず見惚れてしまうほど。
「ほんとに?そう思う?」
「はい。とっても可愛いですよ。」
「うふふ。ありがとう。菫。」
彼女ははにかんだような微笑みを見せる。
「とっても・・・可愛いです。」
お嬢様はずるい。こんなに魅力的な微笑みを見せておいて。
でもその微笑みは私の物じゃない。
「でもそれとこれとは別よ。お食事会は雨天の時は中止にすべきだわ。」
お嬢様は全部。さわ子先生の物だ。
「菫もそう思うでしょ?」
むくれる姿まで何もかもが可愛らしい。
「・・・菫?」
気がつくと私はお嬢様をただひたすら見つめていた。
私は答えに困って。
「あっあー・・・でもお嬢様。きっとおいしいお食事が出ますよ。」
お嬢様はふと遠くを見て。
「どんなお料理が出るとしても。」
また大きなため息をついた。
「あの音楽室でのティータイムには敵わないわ。」

ずきん。
胸が痛む。
私の知らないお嬢様。
初めはお嬢様のお言いつけで、ティーセットを片付けにいっただけだったのだけど。
その『音楽室でのティータイム』がどれほどすばらしい物か知りたくて軽音部に入部した。
そこで私はまだ『私の知らないお嬢様』を見つけられないでいる。
私はそれ故に。お嬢様の眼差しがいつもと違っているのに気付かなかった。
でも、私は知っている。
こんな事を言いながらも、出るところに出れば、完璧に『琴吹家のお嬢様』を演じてしまう。
それが紬お嬢様のすごいところ。
そして私にだけ。
こんな愚痴をこぼす。
それを聞いてあげることは密かな私の特権だったし、お言いつけをいただいてもドジばかりの私が。
ほんのちょっとでもお嬢様のお役に立てているのかな、って。
うれしくもあり、誇らしくもあった。
その時、ドアがノックされてお出かけの時間であることが告げられた。
「仕方ないわ。行ってくるわね。菫。」
その時、お嬢様は『琴吹家のお嬢様』の顔をなさっていて。
「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
でも優しい微笑みは変わらずに。
にっこりと笑って出かけて行った。
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