さわ子と紬の部屋

□まるで、媚薬。
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振り向かずに手を振る彼女を見送ってから。
「ああーっ。・・・緊張したーっ。」
私は放心して、その場に立ち尽くした。
「・・・うふふ。でもモテモテね、私っ。」
「考えてみれば・・・惜しいコトしたかなぁ。」
一人でニヤニヤした。

「・・・何が惜しいコトしたの?」

「うぉう?」
振り返ると、ムギが笑顔を貼り付けて仁王立ち。
「あっいやっ・・・何がって・・・いや、そういうんじゃないのよ?」
私がしどろもどろで弁解すると。
「な・に・が・そういうんじゃないの?」
・・・あっ。すごい怒ってる。
視界の隅に菫が抜き足差し足で逃げていくのが見えて。
・・・今日一日、視線を感じてたのはそういうコトだったのか。
菫。あとで絶対バニーさんの刑にしてあげるんだから。
私は心の中で呪いの言葉を吐いた。

「ねぇ、ムギ。」
「ムーギちゃん?」
「ムギってば。」

ムギは私の部屋まで来てもまだそっぽを向いていた。
「・・・さわ子さん、浮気した。」
「浮気じゃないわよ?何にもしてないし。触ってすらいないわ。」
「・・・浮気だもん。ヘンなコト、考えたでしょ。」
「考えてないない。ちょっと可愛かったなぁって。ほら、絵とか写真がきれいだったなぁってあるじゃない?あれと同じよ?」
「・・・他の娘からのチョコもいっぱい。すごくいい笑顔でもらったんでしょ?」
私はちょっとため息をついて。
「友チョコだもの。本気のチョコは見た通り、もらってないわよ?」

すると、ムギの目からぽろぽろって。大粒の涙がこぼれた。
「・・・分かってるもん。子供っぽい事言ってるなぁって。」
「だけどっ。り、律っちゃんと澪ちゃんはいつも一緒にいてっ。」
後頭部をハンマーで殴られた気分だった。
「うらやましかったんだもの。毎日、名前呼んで。毎日、キスして。」
「・・・毎日っ、愛してるって囁いて。」
ムギは流れ落ちる涙をぬぐうように顔を覆って。
「私っ・・・毎日っ。さわ子さんのコト、考えるとヘンになっちゃいそうなの。」
「あなたの声を。指を。キスを。思い出さない日なんて1日もないわ。」
「私っ。子供だもの。聞き分けの良い大人になんかなれない!」

「ムギ、おいで。」
私は座ってるソファから手を伸ばして、ムギを誘(いざな)った。
ムギはもう抵抗しなかった。
大切なこわれ物を抱くように、優しく優しくムギを抱いて。
「ごめんね。でも愛してる。ほんとに心から愛してるわ。」
「私だって、1日たりともあなたを想わない日はないわよ?」
きゅ、って、もう一度大事にムギを抱きしめる。
「ね、これからは毎日電話しよ。ちょっと遅くなっちゃうけど、いい?」
ムギは小さくこくん、ってうなずいた。
「それから水曜日の夕方はできるだけ時間を作るようにするわ。」
ムギは黙ったまま、甘えるようにすりすりって頬を寄せてくる。
「あと3年、ムギが卒業するまで、それでガマンして?」
ムギはちゅ、って唇にキスしてきて。
そのまま、舌を挿し入れてくる。
「んむ・・・」
私は愛してるをいっぱい込めて。
ねっとりとムギの舌を舐めまわした。
一度唇を離すと、ムギが潤んだ目で見上げてくる。

だいすき。どうしようもないくらい。

私もよ。あなたのこと、考えてるとおかしくなりそう。

私達はもう一度。
確かめるように、長い長い仲直りのキスをした。
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