さわ子と紬の部屋

□幸せになろうよ。
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「ねぇ、さわ子。あんた、好きな人、いるの?」
私は実家の居間の机に肘をつきながら、きょとんとして母を見つめた。
「へっ?・・・何よ、突然。」
母はため息をついて。
「あんた、全くそういう話、しないから・・・家には全然寄り付かないし。」
おやつの水羊羹を差し出した。
私はそれを食べながら、答えを頭の中で考えて。
「・・・しょうがないでしょ。教職員の休みは貴重なのよ。」
質問の後半部分だけに答える事にした。
「だからってねぇ。あんたもそろそろいい歳なんだから、落ち着いて欲しいのよ。で?誰かいるの?」
「え?あ、うー・・・」
話を逸らすのに失敗した私は生返事。

母はため息をついて。
「いい人がいないんだったら、また親戚のおばさんがいいお話持ってきてくれたのよ?」
ムギの事、早く言わなきゃ、って。
思いながらもずるずると先延ばしにしてきていた。
「早く孫の顔も見たいし、ね?悪い人じゃないと思うんだけど。」
・・・孫の。顔。

『あのね、お母さん。私の好きな人は、孫を作れない人なの。』

心の中でつぶやいて私は途方に暮れた。
なんと言って説明したものか。
それを説明するには、あまりに母はキラキラした目でこちらを見ていた。
「あ、あー。そ、そのっ・・・、わ、私っ。好きな人、いるの。」
みるみるうちに母は満面の笑顔になって。
「まぁ!まぁまぁまぁ!そーよね!そうだと思ったのよ!ね、どんな人?どんな人なの?」
私はしどろもどろになって。
「うん、その・・・まぁ、昔の教え子で、あの、まだ大学生なの。」
すると、母は怪訝そうに。
「え?教え子って、あんたの学校、女子高じゃなかった?」
私は目を泳がせて。
「あ、えっと、うー・・・そう!教育実習で私の学校に来て、私が指導してあげたの。」
よたよたと言葉を紡ぎ出す。
「そうなの。うーん、でもねぇ、最近は就職難だから、大学生じゃ大変ねぇ・・・」
母がぶつぶつつぶやいているのを横目に。
そう。嘘は言ってないわよ。・・・まだ。
私は自己嫌悪に陥っていた。
・・・ごめん、ムギ。でも・・・。
「・・・ちょっと。さわ子。聞いてるの?」
「え?ああ、ああ、何?」
母が私の袖を引っ張って、私は現実に戻ってくる。
「何って・・・だからちゃんと、結婚を前提におつきあいしてるの?」
私は思わずむっとして。
「・・・ちゃんとしてるわよ。プロポーズもしたし。」
「へ?あなたの方からプロポーズしたの?」
・・・しまった。
「えー。うん。あ、でもちゃんとOK貰ったのよ?」
「もう!あんた、なんで親に紹介する前にそんな事するの?いい、物事には順番ってものがあってね?・・・」

私は上の空で、母のお説教を聞きながら。
・・・嘘、言ってない。ちゃんとプロポーズ、した。OK、もらった。うん。
(さわ子と紬の部屋「罠にかけられて」参照の事。)

「とにかく!一度、ウチに連れて来なさい!お父さんにも会ってもらうから。」
私は再び現実に戻ってきて。
「うん・・・えぇ?」
「えぇ、じゃないでしょ?いいわね?」
・・・そうね。いずれにせよ、はっきりさせなくちゃ。
「分かった。連れてくるわ。」
・・・いつかは、ね。
私は『その日』が今日でなくなったことにほっとしていた。
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