唯と梓の部屋

□お気に召すまま
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必死に手を伸ばして唯さんに追いすがったところで。

・・・がたーん。

「一緒にいた・・・いたたた。」
私は盛大にベッドから落っこちて、顔をしかめた。
「夢・・・」
手を宙に伸ばしたまま、まだはっきりしない頭でつぶやいた。
「最悪・・・」
気がつくと私は涙を流していた。
今日はN女子大の合格発表日。
涙を拭ってのそのそと立ち上がって。
「・・・行きたくない。」
ばふ、とベッドに倒れこむ。
時計を見るともうすぐアラームが鳴る時間。
アラームの音を聞きたくなくて、かち、とアラームを黙らせる。
「行きたくない、よ・・・」
枕に顔を埋めて駄々をこねる。

なんだか全部の問題を間違えた気がする。
「落ちてたら・・・」
唯さん、愛想つかすかな。
『えー?梓、落ちちゃったの?あんなに勉強忙しいって、私のコト、ほっといたのに?』
この一年、唯さんと逢うの、ガマンしてがんばったのに。
「落ちてたら・・・どうしよう。」
唯さん、許してくれるかな。
『そんなに謝らなくてもいいよ、梓。』
『私、待ちきれなくて、他の娘と付き合うことにしたから。』
私は空想の唯さんが憐れみの表情を浮かべるのを、ぶんぶんって首を振って打ち消して。
「唯さん、そんな人じゃないもん。それに姫子さんはアメリカに行ってるし、晶さん、唯さんのこと、邪険にしてたし。」
・・・あれ?
でも、私も唯さんと出会った頃、邪険にしてなかったっけ?
『・・・さよなら。』
唯さんの背中が冷たく告げるのを思い出して。
「・・・もうっ。夢、なんだから、忘れちゃえば、いいのにっ。」
涙が溢れて、枕を濡らす。
私は懸命に恋人の天真爛漫な笑顔を思い浮かべて。
「・・・唯さん。そんなこと、ないですよね。」
ふと時計に目をやると、起きる時間はとっくに過ぎていて。
「やばっ!」
私は無理矢理重たいカラダを起こすと、急いで出かける準備を始めた。

「待って。待って待って。やっぱり無理。無理無理無理。」
N女子大の門の前で純が青い顔をしてへたり込む。
「もう。純ちゃんが一緒に見に行こうって言ったのに。」
憂が優しくつぶやいてへたり込んだ純を再び立たせようとする。
「だ、だって。受かってる自分が想像できないもん。」
「やめてよ、純。私だって、憂だって。不安なんだよ?」
私も憂と一緒に、純に付き添った。
「だ、だって、梓ぁ〜・・・」
純はいつもとは比べ物にならない情けない声を出した。
「私、試験の時、舞い上がっちゃって、何書いたか覚えてないんだよ〜。絶対、落ちてるよ。」
私はそれを聞いて、急に不安になって。
「そう言えば・・・私も書いたの覚えてるとこは間違ったとこばっかり・・・」
憂だけはいつも通りの小動物のような笑顔を浮かべて。
「もー。純ちゃんも梓ちゃんも。あれだけがんばったんだから大丈夫だよ。」
「今は少子化の影響でどの大学も入学者確保に必死だっていうし。ねっ。」
純は死にそうな声で、憂を見上げる。
「う、憂はー・・・憂は不安じゃないの?」
憂は『そんなコト、考えてなかった』って顔をして。
首を傾げて、んー、って考える。
「そうだなー。もし落ちてたら・・・」
ぴん!って思いついて、にっこり純に笑いかける。
「落ちてたら・・・純ちゃんのお嫁さんにしてもらおう、かなっ。」
純が、はっ、として見上げる。
「・・・だめ?」
憂はふふ、って笑いかける。
純はまだ青い顔のままだったけど。
きゅ、って唇を噛んで。
「しょ、しょうがないなぁ。それじゃ、私だけでも受かってないとね!」
「しっかり大学卒業して、いいとこに就職して。お嫁さんに苦労をかけないようにしなくっちゃ!」
ふんす!って立ち上がる。
「そうそう。その意気だよ、純ちゃん。」
なんつーか、この夫婦は・・・
「分かり易いなぁ、純は。」
私も思わずつられて笑ってしまって。
「そう、だよね。落ちてたら。」
・・・私も唯さんのお嫁さんにしてもらおうっと。
そう考えたらちょっと気が楽になった。
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