文章

□にわめ
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ふかふかで暖かい羽毛布団を抱き寄せる。
こんなにまともな寝床に寝たのは何日ぶりだろうか。
ここ一週間はDホイールの調整に夢中で毎日気づけば倉庫で寝てた気がする。今朝はブルーノが気を使ってソファーまで運んでくれたのであろう、寝心地がいいとは言い難いがコンクリートの床なんかより数百倍マシな場所で目覚めた。
そこで俺の思考は一旦停止する。俺たちの家にこんな上質なベッドはないからだ。どこだ、ここ。
頭がくらくらする。何があったかイマイチしっかり思い出せない。
眩しい蛍光灯の光が直接あたる。目がいたい。
あー小波だ。小波を探しに…で不法侵入してた、そうだ、小波の部屋に人が勝手に入ってく事は多々あったがあれはシティでも見たことのない奴だった。
小波に覆い被さるソイツに掴みかかったら思いきり投げ飛ばされて…


「よう。目ぇ覚めたか?」
「こ…なみ?」


視界に小波が入る。笑顔から微かな心配の色が見えたので上体を起こして無事な事を体で示す。
よくよく周りを見回してみればいつも通りの小波の家で拍子抜けした。
彼はこんな寝心地のいい寝床だからいつも起きられないのか、彼の顔を見て無事な事が分かって気が抜けたのかどうでもいいこと頭にポンと浮かんだ。
いや、それよりもっと小波に話さなければならない事があった筈だ。そうだ、不法侵入。

「小波…俺を投げ飛ばした不法侵入者は?」
「不法侵入?ああ、うん。倒した。」


あっさりと言う小波に目を丸くする。自慢じゃないが、俺は小波より体力も腕力もあるつもりだ。
驚きが顔に出ていたのだろう、小波は付け足した。


「リアルファイトじゃないぞ?普通にデュエルだからな。つか、俺そんな弱そう?」
「…デュエル強い」
「リアルファイトは?」


俺が素直に首を振ると小波は苦笑い。
"まあいいや、とりあえずなんか飲み物買ってくるわ"そう言って笑いながら小波は部屋を出て行った。
一気に静かになる。ほとんど家具がない小波の部屋に今時珍しいアナログ時計の針の音だけが響く。
どうやら今まで賑やかな場所に居すぎたらしい俺は部屋の静かさに耐え切れなくなってテレビを点けようとしてベッドから降りた。
足のしたから"うぐっ…"っという唸り声が上がる。そうだ俺は小波がデュエルで何を倒したのか知らない。
俺の踏んだものには体温があった。どこぞの機械なんてことはないのはわかった。
恐る恐る足を上げるとそこには俺の憧れた、頼もしい、それでもって破天荒な先輩がいた。
そういえば気絶する前、薄れゆく意識の中で俺を投げ飛ばした人が見覚えのある人だったと思ったような気がする。
なんで小波はこの人を床に転がして置いたのかは分からないが俺が踏んでも起きなかったその人をベッドに横たえる。
肩を揺すれども反応はなしだ。本当にこの人は生きているのか心配になって呼吸や脈を調べるが、どちらも正常だった。
あたふたしていると小波がいつの間にか帰ってきていて俺の頬にキンキンに冷えたスポーツドリンクを押し当ててきた。
驚く俺をみて笑う。


「十代さんはこのままでいいのか?」
「お?十代の事知ってんの?」
「ああ」
「こいつがさっき遊星が言ってた"不法侵入者"だよ」
「…起きないですね」
「遊星は優しいな。お前のこと投げ飛ばしたんだぞ?」
「十代さんには助けられましたから」
「ふーん。じゃあ、遊星の顔に免じてコイツをとっておきの方法で起こしてやるよ。」
「そんな簡単に起きるのか?俺が踏んでも起きなかったぞ?」
「とっておきっていうか最終手段だな」
「え」
「恥ずかしいからあんまり使いたくなかったんだけど…」


そう言って頬を赤らめた小波は十代さんに顔を近づける。
俺は目を丸くした。鳩が豆鉄砲を食らった顔の模範のような顔をしているに違いない。
どんなすごい方法をとるのかと身構えていたのに小波は俺が想像していたのと逆のベクトルを行ったのだ。
もっと物理的な方法で来ると、そう思っていた。


「…ほら、起きろよ十代」


耳元で十代さんに囁く小波は耳まで真っ赤だった。
あろうことか小波は十代さんの頬に接吻をしたのだ。
数秒もしないうちに満足げな表情で目を覚ます十代さんに俺はただただ驚くことしかできなかった。

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