猫とつばめとアートルーム

□(6・完)
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 その日から、美術室は静かになった。
 なんと、東はまとわりついてくる女子たちに「俺、つばめっていう彼女いるから」と言って黙らせたらしい。ひどい。ひどすぎる。夜道に気をつけて歩かなければならなくなったじゃないか。
 しかし後になって、何人かの大人しそうな一年生が入部したいと言ってきた。
「前から絵に興味があって……東先輩が、入部したら教えてくれるって言ってくれたので」
 頬を染めながら言う下級生に、私はひーちゃんと顔を見合わせた。東のやつ、美術部が廃部にならないための手続きは本当にきっちりやっていたらしい。
 我が美術部は、三年生三人、二年生一人、一年生四人で活動することになった。前に比べたらなかなかの大所帯だ。

 それからの高校最後の一年間は忙しかった。
 下級生にデッサンやパースの方法を教えるために勉強しなければならなかったし、夏の体育祭で使用する看板絵の作成を依頼されたし、文化祭の展示もやらなければならないし、コンクールに出品するための絵画も仕上げなければならなかった。
 その上私は絵画だけでなく粘土で立体像を作るのに興味が出てきてしまって、受験だというのに美術室に通いっぱなしだった。
 夏休みに入ると東は予備校に通い出し、本格的に美大への準備を進めているようだった。ひーちゃんは小説の執筆に取りかかっていた。私と東の話を描きたいとか言っていたが……私と東の話なんて小説にしておもしろいんだろうか。

 何かやろうと決めたら、時間はあっという間に過ぎる。
 さよなら、私の高校生活。
 気がついたら私は普通大学に、ひーちゃんは医学学科に、東は美大に進学していた。

 そのうち、東から個展を開くことになったというメールが来て、私はひーちゃんに報告した。
「そうなのですか。ですが、東の大学は東京です。私たちの所から遠いですよね?」
 ひーちゃんはにこりと笑った。
「あの男の個展を見るために、わざわざ私が東京まで行く道理はないのです」
「そ、そんなぁ。ひーちゃん、あいつもがんばったんだし、見に行ってあげようよ」
「何を言っているのです」
「え?」
「東京にはもちろん行くのです。ただし、あの男の個展を見るためではありません。東京の出版社に持ち込みをするのです」
 私と東をえがいた小説が完成したのだと、ひーちゃんは嬉しそうに言った。

 さて、私の方は特に将来何になりたいとか決まったわけではない。東は画家の夢、ひーちゃんは小説家の夢にまっしぐらだが、私は特に何もない。簡単に見つかると思っていたら大間違いだったのだ。でも以前に感じていたような先詰まりの絶望感はない。
 選択肢は、広がっているから。
 悩んでどん底に落ちても、私には絵を描くという方法があるから。

 私はあの美術室を、忘れない。


 End



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