卵かけごはん

□ダンテ
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すみません、私は悪魔なんです。そういったら、あなたの気は引けますか?と問うと、目を丸くして数秒固まっていた。それはそうだろう。馬鹿な女の戯言なのだから。しかし彼は笑って、それは野放しには出来ないな、と私を事務所に置いた。私も大概可笑しいが、彼も相当変わり者だったようだ。大体、彼は私の正体を知っている、というか何度もネロを通して会っていたのだから。あの日、キリエが攫われた日に私は思い切り憤慨してアンジェロ部隊に突進していったが、ネロに首根っこ掴まれて説教されるわ、彼にはクスリと鼻で笑われるわ。大体、大切な人が危険に合ったら助けに行くのが筋ってモンでしょう。これでも女の中でなら結構強いんですよ私。けれどキリエの王子様ってのがネロだったら、一体私はなんなのか。そして私なんかいなくてもサントゥクスを倒したネロ。
だから私は一体何なのだろうか、小一時間考えたら、別に教団にいてもいなくてもどっちでもいい存在なのではないかという結論に、虚しくも至った。私なんて。悪魔になっちゃえば良かったんじゃないの。だって別に悪魔になったとして、どうせネロが倒してくれるんでしょう。…うん。だからね、多分私は、ネロが好きだったんじゃないかな。だからもう、逃げたかったんだと思う。思いついたのが目の前でピザ食ってる彼であって、別に長期間滞在するわけではなく新しい場所へ行くための繋ぎでおいてもらおうと思ってた。彼は多分私なんかを置いてはくれないだろうなと思っていたのに案外、二つ返事であっさり置いてもらえる事になった。来るもの拒まず去る者追わず、て感じのタイプだろうから、私にはピッタリなのかもしれない。
「毎日ピザですか」
「好物だからな」
「よくデブらないですね」
「それ以上に動いてるからな」
「はあ」
気持ち悪いくらい楽しそうな笑みを浮かべてピザを頬張る彼に私はすっかり気を許してしまった。悪魔を狩るときは見とれるくらい綺麗だったのに、案外身近にいるおっさんと変わらないようで、少し安心したのかもしれない。初めて見たのは教会の天井から降って来て教団の人間…いや、悪魔を殺していた時だったから、殺人鬼こえー、くらいの印象しか無かったけど、そんな考えは時間が変えた。それから、私もこの人くらい強かったらクレドあたりの位置には居たのだろうか。クレドを思い出したら、少し切ない気持ちになった。
「ピザ食うか?」
「いらないです。胃がもたれる」
「案外ナイーブなんだな」
「…案外ね、ナイーブなんですよ。私ジャパニーズですから。ははっ」
ソファの上で膝抱えて、そんなつまらないジョークに答えている自分が馬鹿らしくてじんわり涙が出てきたような気がする。気がするだけで、実際出てはいないんだけどね…。
「お前、料理は作れるか?」
「まぁ…一応」
「掃除は?」
「…何、何なんですか」
「掃除」
「普通ですけど」
「ふーん」
気分がめちゃめちゃ悪くなった。ああ、きっと彼は人と会話をするのが苦手なんじゃないだろうか。だから会話にこまって意味の無い質問を投げかけている。きっとそうに決まっている。気持ち悪いなこの人…。食べ終わったピザの空き箱はそのままに、二階へ消えていったので私は、なんだか全てに解放された気がした。抱えていた膝をテーブルに投げ出して、ソファにだらける。チラリと視線を投げかけた先には、趣味の悪い鹿の、顔だけの剥製だとか、とにかく胸糞悪いインテリア達。きっと、彼は顔が良いだけあって他はてんで駄目野郎のようだった。さっきの質問の通り、食事は大体ピザのようだし、その空き箱は床に散乱、ついでに他の、全世界のゴミが床に転がっているようでもあった。いかにも男の人だ。そういえばネロは結構綺麗好きだったようなきがする。そしてそんな事を考えた馬鹿は誰だ。いや、私だ。もう思い出さないように、腕を目の上に乗せた。部屋の明かりも遮断され、静かな部屋の無音だけを感じ取る。一人暮らしってやっぱりいいな。教団に居た頃は誰かしら近くに居て、あまり一人という時間を堪能出来なかったから。
「泣いてるのか?」
気配は感じていたが、まさか声を掛けてくるとは思わなかった。半ばずり下ろすように手をどけると同時に、ソファがグッと沈む。彼が隣に座ったからだ。
「パーソナル・スペースって知ってます?」
「?知らないな」
「人と人との間にある空間の事。私は貴方とのこの距離は不快なんですが」
「意味が分らない」
「縄張りみたいなもので」
「ここは全部俺の縄張りだぜ?」
「…良く知らない人が近くに来ると嫌でしょう」
彼が退く気配が全く無かったので、仕方なく私が少しずれた。疲れる。しんどい。想像していた彼は随分と気さくで、それでいて、行動が不可思議だった。
「随分な言い草だな、置いてやるっていうのに」
「明日には出て行きますんで、私は居ないものと思ってくださって結構です」
本当は、少しの間、せめて傷が癒えるまで一人で居たかったのだけど、飛び出してきたのが遅かったために行く当てが無かった。野宿も考えたが、私は眠りが深いほうなので、就寝後に悪魔に襲われてしまえばジ・エンドなわけで。だから、ひょうひょうとした彼を頼りにするしかなくて。
私の言い方が悪かったのか、彼は眉間にシワを寄せた。気分を害してしまったようだ。
「それは聞けない願いだ」
「気分を悪くしたらごめんなさい。けどせめて一日だけ!一日だけでいいので置いてくれるとありがたいんですけど…駄目でしょうか」
両手を合わせお願いすると、今度は機嫌よくなったのかニヤリと笑う。情緒不安定かあんたは。
「今日からお前は俺のパートナーってことで」
「それでいいで…は?」
「頼む。お前結構強いだろ?それに最近ネズミやら見たこと無い虫とかいっぱい出て困ってたんだ。まずは掃除頼んだぜ子猫ちゃん…いや、小悪魔ちゃん?」
「いや…は?」
「それに、悪魔を野放しにはできないんでね」
ポカンと口を開けて止まる私。まるで今日会ったばかりの時の彼と同じリアクション。そんな私の頬に一つキスを落とし、満足げに私のパーソナル・スペースを壊した。そして我に返った私は、彼の横っ面を引っぱたいて彼の名を叫んだ。名前を呼んでくれたな、と言う彼に、私は脱力するしかなかった。


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