納豆ごはん

□ベランダに風鈴
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ベランダにはずっと出しっぱなしの風鈴がある。雨の日も風の日もそのままだったためか、ある日パッタリと音が鳴らなくなってしまった。
自分でも何故出しっぱなしにしていたのかとうとう忘れてしまったのは、多分始めから意味など無かったせいだろう。ただ、あれだけ長い時間出していたせいか、片付けるのがなんだかもったい気もした。
指でつつくと、カチン、となんとも格好のつかない音がした。
そのままベランダから外の様子を見たが、頬杖をついているためか左の視界がやや見にくかった。

フと、目線を落とす。
向かい側の家の前にベンチがあるが(いや、誰かが置いた椅子が三つと言うべきだろうか)そこにはどっかりと人が横たわり、優雅に昼寝をしているのだ。
あろう事か真選組の隊服ときたもんだ。それからもう一つ、変なアイマスク。
ああどうしたものか。
しばらく見ていたが、全く動きがない。
見ていても仕方がないので、風鈴に手をかけた。触れるたび、それは鈍い音を放つ。何故か、しまわれると分かって抵抗しているように見えたので、心の中でこっそり謝って見た。

「しまっちゃうんですかぃ?」

下から投げかけられた声を辿ると、先ほどの真選組の人だった。彼は先ほどのベンチからウチの真下に移動をしており、アイマスクをずらしながらこちらを見ていたのだった。

「…音が出なくなっちゃったので」

綺麗な瞳で見られ、なんだか緊張しつつも質問への返事を返す。

「ふーん…。俺、その音好きだったんですがねぃ。いつもそこで聞いてたんですが」

そこ。というのはもちろん先ほど寝ていた場所だろう。
‘いつも’居たことに気づかなかった。本当なのだろうかと少し思うが、嘘をつく理由が見つからなかった。
今まで下なんか見ていなかったしベランダから外を見る時は大抵ターミナルを眺めていたから。それならばやはり、こちらが気づかなかった、しか考えられない。

彼は続けた。

「良かったら、俺が直すかい?」

下に降りると、昼間な為か人通りは殆どなかった。そして、彼が笑顔で手招きする。
先程いた場所まで戻っていた。

「…あの」
「怪しいもんじゃないですぜ。真選組の沖田と申しまさぁ。今勤務中でしてね、見回りで」


いやいやいや、どこを見回っていた。夢の中をか、と心の中でツッコミが出てしまったが、そんな事はどうでもいいとばかりに私から風鈴を奪い取るようにして物色し始めた。

「直りますか?」
「んー…あー。中錆びてら。無理」


…ええええ
今のほぼ見てなくねコイツ。
今度はさっさと私に風鈴を返し、再び元の昼寝していた所へ腰を掛けた。
なんだったんだ、あの人は。

「…じゃあ」

少しキツめの口調で言い戻ろうとするが、まあ座れやと促され半ば無理やりの形で彼の話に付き合わされるはめになった。

少しクセのある言葉遣いに多少なれた頃、考えてみれば“ヒジカタのヤローが”などという誰かの愚痴ばかりだったけれども、不思議なのは、話が楽しかった、いや、彼と話していることが楽しかった。

「やっと笑った」
「え?」
「いつもつまんなそうに空ばっか見てたから」
「なん、」
「んじゃ、俺は勤務に戻りまさぁ」


サッサと立ち上がり、ポケットに仕舞われていた手を出して。
彼、沖田さんは背を向けて歩き出した。

そしてまた、振り向いてこう言うのだ。

「また出しといてくださいねぃ。その風鈴。それがありゃ、また話掛けてやらぁ」

ほんの少しだけだけれど、彼にまた会いたいと思い、手に持ったままだった風鈴を再び元の場所に戻した。


偶然を、必然にした、瞬間。





ベランダに風鈴
(笑顔にする為のきっかけなんて、本当はなんでも良かった)


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