納豆ごはん

□スケッチブック
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何か嫌だ、が彼の口癖だった。
弁当を作ってきてくださいと言われたので作れば、やれ色がないだのやれ冷凍ばかりだと嘆く。
我儘だけれどそれが可愛くも思え、どこから来たのかわからない自信たっぷりな顔が好きで、少し突き放すと口をへの字にさせ不貞腐れる、そんな正直な彼も好きだ。

「何してんすか?」
あ、赤也」


私は美術部に入っている。
とは言っても、そんな本格的な活動はしていないし、出ても週一が良いところで。何より、ただ好きなものをスケッチブックに描きおさめる。(下手や上手いなどはこの際良いとして)
それだけでいいのだ。ただそれだけで。

「テニスボールと、ラケットを」
「またかよ!」

コートの隅に転がっているそれをただ黙々と描いていたら、持ち主に話し掛けられた。
またかよ、と言われたのにはムッとしたが正直言われても仕方がない。ここの所、ずっとその二点ばかりを書いていたのだから。
それより。彼がそう言い、私が座っていたプラスチック製のベンチに腰をかける
。古いからか、または乱暴に座ったからかは分からないが、ミシリと音を立て僅かながらベンチの歪みを感じた。

「今日の先輩の手作りおやつ!なーにっかなー」

今日の昼に渡したお弁当は、右側が白米、左側はレンコンの煮付けだった。勿論反応は「茶色っ!何か嫌だ!」であったが、渋々食していた。
だいたい自分は料理なるものはからっきし、というか彼という特別な人間が出来て初めて料理というものに挑戦したわけで。
そこいらへんの料理雑誌を見たりはするようになったのだが、何せ私が学校から遠いもので作る時間が限られている。そのため少ないときは一品、多くて三品くらいなものだ。(勿論白米付きである)
三品の時はあまりブーブー言わないが、やはり色が無いというサブタイトルは欠かせないものだったけれど。


「はい、おまんじゅう」
「確実に手作りじゃねえ!」
「うるさいなー。別に手作り作ってきてなんて言われてないし」

おやつを渡してそれから、また黙々と。
置かれた黄色い物と編目状の物を丹念に描いていく。時々だけれど、手のひらが擦れて黒の線がにじむがそれがまたいいのだと、フ、と笑ってみせた。
それを赤也は隣で見ている。差し出された饅頭を、嫌と言ったわりに食べ続けている。そうに違いない。見ないでもわかるのは、彼の性格が分かってきたからであって、それから、もぐもぐと聞こえたりもするからだ。
差し入れというべきか、その饅頭はスーパーで買ってきた安物だったのだけれど、自分が美味しいと思えるのでわざわざそれをチョイスしてきたのだ。
美味しい?と問うと予想どおり、普通、と言う返事が返ってくる。本人は手作りが食べたかったらしいが、その饅頭を食べてほしかったからそれを持ってきた。
ただ、この美味しさを伝えたかっただけなのだから。

「そういえば、幸村君に言ってくれた?」
「…何が」

とぼけないでよ、と睨んだ。彼は感想とは裏腹にすでに饅頭の最後のひとかけらを口に入れたところだった。(多分だが、美味しかったのだろう)


スケッチしたい人物がいた。
幸村君をどうしても描きたかった。
彼のテニスをしている姿はどこかはかなげで、でも何か強い意志のようなものがあり、とても綺麗だった。
同じ学年だが言葉を交わしたことはなく、まるで片思いをしているかのように彼を追っていた。それ程スケッチしてみたい人間だったのだ。
常日頃赤也にその事を話しては、どうにかスケッチさせてもらえるよう頼んでと彼に乞うが、いつまで経っても幸村君に話すそぶりが見えなかった。だから、何となく最近、テニスボールとラケットをスケッチの対象にしていた。が、やはり何か物足りなくて。

「お願いだよ。幸村君に言ってよ。どうしても書きたくて」


すると、一層不機嫌になる顔。 それから、いつものように。

「何か・・・嫌だ」
「何で!別に部活邪魔するわけじゃないし!何枚か写真を…」
「そういうことじゃなくって!」




あ。


私もそこまで鈍感ではなく、それから彼を知らないわけでもない訳で。気付いてしまった。不機嫌な理由にお願いを聞いてくれない理由を。頬が徐々に緩み、ニヤリとしてしまう自分が居た。
彼はきっと、私が幸村君、幸村君と言っている事や、自分より彼を被写体に選んだことがなによりも面白くないことだったのだろう。ケラケラと笑いだす私に赤也は頭にきたらしく、描きかけだったスケッチの題材を雑に奪い取り、それから、何だよ!と怒鳴る。
しかし、怒鳴られても今は何の迫力もない。
ラケットやボールより、まず自分の赤い顔を何とかしたらと笑いながら言えば、また更に赤くなる。

奪われたラケットやボールにはもう興味は無かった、もう何度も暇つぶしに書いたのだから。
それよりも新しく出てきた興味のある被写体の怒りをどう鎮めようか。




スケッチブック
(わざと不機嫌になって気を引いたこっちの身にもなってよ)


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