パシフィコ

□パンドラのロッカー
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部室の扉が開いた瞬間、どこからともなく飛んできたラケットが柳生の顔面を直撃した。砕け散る眼鏡、そして柳生。よろけた柳生の右手がジャッカルの大事なところを鷲掴みにしたのを私は見逃さなかった。ジャッカル悶絶。この時点で阿鼻叫喚だった。

「あーそれ真田に仕掛けたのに。柳生が先に入ってくるなんて想定外だよ。」

幸村は不機嫌な声色でそう言った。

何であなたがご立腹なんですか。柳生も「誰ですかこんな馬鹿げたカラクリを用意したのは!!!」って怒りまかせに怒鳴ろうとした「だ」の時点で押し黙ってしまったじゃないか。ジャッカル油汗すごいしもう誕生日会中止した方がいいんじゃないかなこれ。でも、柳生には悪いけどラケットの餌食が私じゃなくてよかった。

「ケ、ケーキ持ってきたぜぃ…」

ジャッカルの背後からぼそぼそと丸井が言った。すべてから目を逸らしている伏し目がちな視線が彼の帰りたいオーラを物語っていた。そりゃあそうですよね。丸井の誕生日も決していいもんだとは言えなかったもの。

『デブは自分に甘い証拠だよ』

と幸村の一声で誕生日まで強制ダイエットさせられたもんね。ダイエットというか、絶食に近かったもんね。誕生日を迎えていなかったら彼は今も幸村の監視下に置かれていただろう。そのときの名残として、部室には保健室から借りて(パクッて)きた馬鹿でかい体重計がある。おかげで丸井は部室で間食をしなくなった。

ケーキも来たし気を取り直して、と思った矢先にまたしても問題が発生した。

丸井曰わく仁王が早退したという。

そこから終わることのない幸村のターン。何で帰したの?何で帰したの?と丸井を責め立てる様は思わず目頭が熱くなった。床に正座させられる丸井の下には割れた柳生の眼鏡。拷問としか言いようがなかった。

「と、とにかく真田を待とうよ!ね!仁王は明日殺せばいいじゃん!」

我ながらよくやったと思う。

やっと落ち着いた幸村は丸井からケーキの箱を奪い取って席についた。

ブビビープピッ

座った瞬間鳴り響く不快音。

あれ、そこ確か真田の席じゃね?真田のお誕生日席じゃね?私はそう思ったが、何の戸惑いもなく座っている幸村を見て自分が間違っているのだと記憶を修正した。ここは部室で、幸村が法律。幸村が間違ってるなんてそんなまさか。

「これすごい美味しそう!!」

先ほどのオ先ほどのオカルト顔はどこへやら。幸村はケーキを見て上機嫌になっていた。

晴れて丸井は無罪放免となり、右頬が異常なまでに腫れている裸眼の柳生、急所のダメージから幾分回復した汗だくのジャッカル、正座と割れた眼鏡の影響で生まれたての子鹿のような足取りの丸井、そして私が次々に席についた。

早速ケーキを切り分け始めた幸村を咎める者は誰もいない。既に誕生日会は始まっていた。主役不在のまま。

美味しそうだとはしゃいでいた幸村だったが、ケーキを二口ほど食べたところで箸(正確にはフォーク)が止まる。十中八九飽きたのだろう。丸井の表情が曇り始めた。ジャッカルの「チョコケーキって俺の親戚なんだぜ」という発言により、部室内はまさに(真田の)通夜のような空気が漂っていた。

「もう始まっているのか」

重苦しい状況を打開してくれたのは遅れてきた柳だった。

おお我らのメシアよ…縋る視線を送らんと柳を見る。すると、彼の左手に手綱のようなものが握られているのが目に入った。

「少々遅れたが、問題ない。」

柳がそれを引っ張ると、扉の陰からぼろ雑巾になった赤也が部室に転がり込んできた。逃げ遅れたのだ。否、切原赤也は逃亡に失敗したのだ。その証拠に頭髪のボリュームが三割減少している。

一見普段と変わらない無表情に見えるが私にはわかっていた。既に柳の魂は幸村が握っているということを。むしろ柳から喜んで献上したということを。私たちが知っている柳はもういない。彼はパーティーをパーリィーと言ってしまう人になってしまった。

瀕死の赤也を椅子に縛り付け、柳は幸村に耳打ちする。途端に目が爛々と輝き始める幸村。これからが本当の地獄だ。

「柳がみんなに見せたいものがあるんだって!」

柳がロッカーを開くと、そこには何故か青学ジャージ姿の真田が押し込められていた。

「し、死んでる…っ!」

丸井がそう呟いたのも無理はない。遺体(真田)は白目をむいており、吹いた泡が口端でカピカピになっている状態だった。私も死んでいると思った。朝練で真田と会話したことを忘れ、死後三日は経っていると錯覚したほどだ。腐敗臭が漂っている気すらした。

柳生が震度八を悠に凌ぐ揺れを発する横で、「柳は幸村が用意した誕生日プレゼントをリサーチ済みだったんだなぁ」と私は冷静に考えていた。

幸村が私に手渡した紙袋の中には、『青春学園入学要項』と書かれた書類が山ほど入っていたのだ。ブラックジョークかと思ったがどうやら違うらしい。こいつらは本気で真田を青学に送り込むつもりだ。送り込むというより捨てるつもりだ。青学は言わば姥捨て山だ。

「最高のプレゼントだよ!ありがとう!さすが柳だね!」

柳の手によって鳴らされるクラッカー。そしてバースデーソング。

そうだ。今日は幸村の誕生日だったんだ。葉桜も落ち着き払った季節だけど、そんなことは関係ない。季節なんて何の影響も与えない。生まれた日なんて、幸村の前では無に等しい。すべては神の子の意のままになるのだ。

「誕生日おめでとう!」

祝うしかなかった。用意したプレゼントを幸村に献上し、私は柳とともにバースデーソングを歌う。これでいい。生還するにはこうするしかないのだから。

今日は幸村の誕生日。

私は泣きながら、クラッカーから出た紐クズで赤也の頭髪を笠増しした。



end

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