短編

□電話を待つしかない身分
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遅い。遅すぎる。
朝言っていた時間より何時間も遅れている。
そりゃあ、友達と遊ぶと言っていたのだから多少なら遅れても構わなかったさ。
でも、さすがに何時間も待たされれば僕だって気にする。なによりせっかく用意したご飯がすっかり冷めてしまっているではないか。
それなのに彼は電話もメールもよこさない。
彼は携帯で連絡を何故か嫌がるから、僕からすることもできない。
全く何を考えているんだ……。心配する僕の立場も考えてくれ。
夜11時、僕の恋人のディオは家に帰ってきていない。



朝起きて朝食を食べているとき、ディオは唐突にこんなことを言った。

「今日は帰りが遅くなる。友人とちょいと遊んでくるんでな」

砂糖を一杯入れたコーヒーをグッと飲み干し、ディオはイスから立ち上がる。
そのまま支度をし始めるディオ。キッチンからお弁当を持ってきて、カバンの中に入れる。
制服を一度叩くとカバンの中身を確認し、髪の毛を整えてから彼はスタスタと玄関に向かい――

「ちょっ、ちょっと待ってよディオ!」

慌ててその背中を追うと、声をかける。
不機嫌そうなディオの顔が僕の方へ向き、視線で早くしろと言ってくる。
そんな顔されたって困る。君が質問する時間も与えずにさっさと行ってしまうから悪いんだ。
僕はちょっとだけ唇を尖らすと「帰りは何時になるんだい?」と聞く。
ディオは素っ気なく8時、とだけ言うと扉を開けて出て行ってしまった。
本当に僕の恋人は冷たい。
いやちゃんと優しいときとか愛されてるのを実感するときもあるんだが、普段がこんな感じだから正直寂しい。
朝だって本当は一緒に登校したいのに、僕が作った朝食を大して味わいもせず行ってきますも言わず先に行ってしまうのだ。
はぁ、と自然と口からため息がこぼれる。
同棲し始めて最初は照れ隠ししてるだけかなーと楽観的に考えていたのだが、僕にだって限界というものはある。
何で僕たち一緒に住んでるんだろ。恋人なのになんでこんなに冷め切った関係なのだろう。
いつもは伸ばしてる背筋を、今日はだらしなく曲げて僕も支度を始めた。



……と、大体そんな感じだった朝だが、ディオの言っていた8時なんてとうに過ぎている。
携帯を机の上に置いて、ひたすらに待ち続けるのにも疲れてきた。携帯は一向に震えだす気配がない。
勘弁してくれよ……と呟き、机に突っ伏す。
連絡しないでほしいなら最初っから連絡先を教えなければよかったじゃないか。
気持ちはどんどん沈んでいき、体も心も重くなっていく。

「ディオに会いたいなあ……」

そう言って、目を閉じた。

「もう帰ってきているが」
「うわぁっ!?」

目を瞑ってすぐ後ろから声が聞こえてきて、慌てて振り返る。
そこには随分と汚れた服を着たディオがいた。
そこでまた驚いて間抜けな声を出せば、ディオにうるさいと睨まれる。
そんなことは気にせず、ディオの傍にかけより顔についた砂をはらう。少しすりむけていて、ますます心配になる。
どうしたのさ、と聞いてもディオは答えない。僕から目を逸らし、ただ下を向いている。
そんなディオを見て、ひどく胸が痛んで、思わず抱きしめた。
ディオが一瞬体を固くするも、何も言わずに背中に手を回してくれた。
そういえばこうやってディオと抱き合うのも久しぶりだなあ……とふと考える。気付いてから僕の体の体温と脈拍は一気に上昇し
てしまって、なんだがおかしな気持ちになる。

「今日会った友人はお前のことが好きだと言うんだ」

ディオが唐突にそんなことを話し始めて、びっくりして腕の力が弱まってしまった。
その隙にディオはするりと僕の腕から抜け出し、悲しそうに微笑む。

「ジョジョは俺の恋人だから渡さない、と言ったらな。本当にジョジョのこと好きじゃないくせに、何でお前が! と殴られてしまったよ。僕は本当にジョジョのことが好きなのに」

胸がズキズキと痛み始めて、ディオを見ていられなくなる。
彼の自虐的な笑みが、僕を傷付けている。そして、無理に笑おうとしている彼自身も傷付けている。

「それから取っ組み合いのケンカをして……最終的には相手が逃げ出したんだが、このザマだ」

かっこわるいだろう、と小さく言うディオに言葉をかけてあげることができない。
口をパクパクと動かしても、なんにも出てきやしない。
僕はディオの恋人なのに。
僕もディオのことが好きなのに!

「なあジョジョ」

そう言ってディオは僕に近づき、おでこをこつんとくっつける。
ディオの暖かい吐息が僕の唇にかかって、ああなんだか、こんな話をしているのにドキドキしてしまう。
そっと手を握られ、優しく握り返す。

「俺はこれでもお前のことをせいいっぱい愛してるつもりだったんだ。それなのに、お前にも、友人にも、誰にもこの愛は分からなかった」

至近距離で見つめ合う。ディオの瞳は悲しそうなのに涙一つ浮かんでなくって、それに比べて僕はなんて弱いんだろうと唇を噛ん
だ。
ディオ、僕はきっと分かっていたんだ。
君のその不器用な優しさも。君のその意地っ張りな愛情も。
それなのに僕は君のことを冷たいだなんて言って、自分だけ悲劇のヒロイン気取りだ。
僕は自分で目隠しをしていたのかもしれない。

「ジョジョ、俺の代わりに俺のことをもっと愛してくれ」

痛いほど手を強く握られる。心もディオにギュッと掴まれたようだ。
息苦しい。
彼のこの分かりにくい愛情は僕を苦しませる。
けど、不思議だ。
この感じ、嫌いじゃない。

「じゃあ、これからは普通に電話してもいいかい?」

そう聞くとディオはいつもの自信有り気な表情に戻り、

「当たり前だ」

と笑った。

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