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□【完】タイム・イン・ペン
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そのずっしりとした重量感が彼女のお気に入りだった。
一度インクにつければいつまでも使える、実用性。
深みのある藍から滲み出す年代物特有の雰囲気。
意外につるつるとしていて長く持っていても疲れない。
家から帰って来てまずそのペンで文字を書いた時は体の芯が震えた。
滑らかな書き心地は、祖父曰く、貰いものそれは使い始めた当初から変わらないという。
祖父からの頂き物は思った以上によかったようだ、と彼女は顔を綻ばせた。

今日、大学に入学してから初めて実家に帰った彼女はついでにと彼女の父方の祖父のところに寄った。
突然の来訪にもかかわらず、祖父は彼女をあたたかくもてなしてくれた。
幼いころから何も変わらない優しさに彼女は内心涙ぐみ、ついでついでと足腰が弱くなった祖父が遠ざけていた仕事、主に重いものの片づけをやっつけてきたのである。

ペンはそのうちの掘り出し物の一つだった。
物が詰まり放題だった物置の奥のほうに、祖父が昔使っていたものの箱があり、彼女は惹きつけられるようにそのペンをとった。

元より携帯よりも手書き派な彼女にとってペンとはかけがえのないもので、買うときは真剣に選ぶ。
そして気に入ったものをとことん使い続ける。
大学に入ったばかりの彼女にとってペンは時折不便なこともあるが、それでもいろいろな時に強いのは、やっぱりアナログだ。
携帯電話なんて充電が切れてしまえば使えなくなる。
しかしペンさえあれば、手頃の紙にすぐに書きつけられる。
手帳を持ち歩かない習慣は今の彼女にはないし、それに「若者」にしては珍しい、と褒められると誇らしく思う。


「よし…、と」


早速彼女は例のペンとノートを用意し、講義のまとめを始めた。
人に言うと、真面目だといわれるが、彼女にとってこれは当たり前だった。
復習しなければ身に付かない、とは中高生の時に身をもって経験しているので授業を受けた後は必ず復習する習慣がついている。


…今時シャーペンじゃなくてインクのペン、電子機器よりもアナログ派、まるで高校生のように講義を受ける私ってやっぱり、ちょっと古い?


最近たくさんの人に言われる自分の批評を反芻して、苦笑する。
なんせ戦争に現役で参加していた歳のお祖父ちゃんが大好きな彼女が、生まれ持った真面目さを合わせて、古い感覚を持つのはおかしい事ではないかもしれない。

もちろん流行などにはしっかりついていくが
なんというか…考え方などは昭和だ。
そのお陰で得したことも多々あるが、奈何せん真面目なので融通が利かない。
それがイマドキの人たちには煙たがられることもしばしばだ。

正直、大学でも浮き気味である。
友達がいなくてはならないとは思わないが、やはりいたら楽しいものだと思う。
少なくとも講義の帰りにカフェに寄ったり、休日に遊びに行ったり……。
高校まで普通にしていたことが、懐かしい。
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