長編夢

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姫香が裏口から外に飛び出すと、そこでは赤林がヴァローナに尻餅をつかせていた。

「赤林さん、美人さんに何やってるんですか。軽蔑しますよ。」
「いやいや、このお嬢さんがおいちゃんの股を蹴り上げてきたわけで、」
「言い訳無用です。ヴァローナさんに怪我でもさせてみてください、私が赤林さんの股間を蹴飛ばしてうっかり押し倒してうっかり八つ裂きに」
「ストップストップ!降参!」

赤林が両手を挙げると姫香はフンと鼻を鳴らし、ヴァローナに右手を差し出した。

「立てますか?」
「…心配の必要、皆無です。」

ヴァローナは奇妙な日本語で言い返し、姫香の右手を振り払って自力で立ち上がった。姫香は少しガッカリした後、赤林に改めて挨拶した。

「お久しぶりです。」
「昨日の夜中会わなかったかい?」

夜中に会ったというのは、スローンが粟楠会に制裁される場面に姫香も立ち会っていたことだ。スローンが散々にやられるだろうと見越した姫香は自ら粟楠会の事務所に出向き、手当は任せろと勝手に働いたのだ。粟楠会は前から姫香によく依頼をしていた(臨也関連で)ので別段邪魔物扱いされる訳ではなかったが、歓迎されもしなかった。

「ああ、そうでした!すみません、最近時間の感覚が狂ってしまって。3時間ぶりに会ったらもう『久しぶり』って挨拶しちゃうんです」
「ほう、姫香ちゃんはそんなにおいちゃんが恋しいかい?」
「あはは、そういうことにしておきましょう」

赤林は冗談で言ったが、姫香の目は笑っていなかった。うっすらと寒気を覚えた赤林はすぐさま話題を切り替える。

「姫香ちゃんはこのお嬢ちゃんと知り合いなのかい?」
「はい。何週間か前に知り合いました。ですよね?」

姫香がヴァローナの方を向いたが彼女は顔をしかめただけだ。ヴァローナにとっては、初対面の時に殺そうとしたはずの姫香がこうもしつこく話しかけてくるのが不気味だった。

――それほど、この女は強いということなのか?スローンにも以前、なるべく関わるなと言われたが…強いのは武力ではなく精神力だったということか。それに比べて私は…

一人納得して落ち込むヴァローナを見て姫香と赤林は顔を見合わせ、また話を逸らすことにした。

「そういえば、茜ちゃんの様子はどうですか?」
「なんだい、姫香ちゃんは茜お嬢とも知り合いなのかい?」
「いいえ、会ったことはないです。でも、誘拐されたって聞いたんで心配になって」
「浅木さんのことだ、全部知ってるんだろう?冗談はよせ。おいちゃんをからかっているのかい?」

赤林が目の色を変えて姫香を睨んだが、姫香はへらへらとした態度を崩さないでいる。

「そんな、まさか。粟楠会の赤鬼と呼ばれるほどの貴方を怒らせようなんて思いませんよ。」
「おいちゃんはそんなたいそうなもんじゃないけどねぇ。」

赤林もいつもの飄々とした態度に戻った。ヴァローナは店の中からサイモンに呼ばれ、「仕事に戻ります」とスタスタ店に戻った。

「あ、そういえば、護身術を教えてくれるっていう道場、ご存知ですか?マイルちゃんが通ってる。」
「知ってるも何もこれから行くところだよ。」
「ちょうど良かった!もしよければ、私にも紹介していただけませんか?最近体が鈍ってしまって、喧嘩で勝てないんです。」
「姫香ちゃんには喧嘩をしないってことをオススメするけどねぇ。…まあ、強くなりたいってのは誰でも一緒ってことか。ついてきな。ただし、茜お嬢とあんまりベタベタしないでくれよ。姫香ちゃんとつるんでると人格に影響が出るからねぇ」
「失礼な。」

二人は歩きだしながら会話を続けた。

「それにしても、平和島静雄と別れたってのは本当かい?昨日言ってたけどさ。」
「私は…人を裏切る事は簡単にしますけど、見捨てることは出来ないんで。」
「……そうかい。」

少ししんみりとした雰囲気になったが、それを姫香が打ち破った。

「すみません、新羅に電話してもいいですか?」
「どうぞ」

姫香は急に思い付いたようにスマートフォンを取り出し、すぐさま電話をかけた。

「もしも」
『こら!いいかげんにしないと、中学の時のアレをバラすよ臨也!』
「…し。って、私臨也じゃないし。姫香です。中学の時のアレってのがかなり気になるけどそれは後回しでいいや。今、新羅はセルティとラブラブランデブーの真っ最中?そうだよね、なんだか妬けてきちゃうよ。私と臨也を一緒にするくらい楽しんでるってことだよね。そうだよね。私と臨也を…」
『こ、怖いよ…?』
「一緒にしてもいいよ。別に、どうせ私はそういうキャラだし。キャラが被るのに問題があるなら私が臨也を消せばいいだけだし。」
『消す?姫香ちゃんはまた何か企んでるの?』
「消すために強くならなきゃねえ。ってことでこれから週に何日かは道場通いになりそう。よろしく。」
『え!?困るよ!』
「成田離婚しないようにね。バイバイ。」
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