長編夢

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「わかるよねって、言ったのに」

中央には麻袋の男、入口付近には姫香、奥のカウンターにミミズ。ミミズの仲間達は姫香に鎮圧されてしまって全員床に突っ伏している。

「大丈夫ですよ、ミミズさん。私は貴女自身に危害を加えようとは思ってませんから」
「…アンタ、よくそんなんで普通に立ってられるね」
「暑い中長袖着てきてよかったなって思います」

姫香の服は袖や裾などが所々破れていて、血の滲んでいる所もある。ミミズの仲間達が襲ってきた際に全員から刃物で攻撃され、避けきれなかったために服が犠牲になったのだ。

「まあ、あなたたちからいただいた情報料でいっぱい新しい服買ったんで、チャラでいいですよ」
「これのどこがチャラなの」
「そう怒らずに」

姫香はそう言うと視線を麻袋の男に移した。彼はまだ無言を貫いている。

「ねえ臨也。こんなに大々的に邪魔されたのって初めてだよね?」

ツカツカと歩いて近付きながら、ミミズのことは眼中にないといったふうに男に話し掛けた。

「袋開けていいよね?どうせ中からは私の顔しっかり見えてるんだろうし、私だけ臨也の顔見らんないのってフェアじゃないでしょ」

姫香はそう言って麻袋に触れたが、湿っているのを確認するやいなやパッと離した。

「そうだ、これ灯油被ってるんだった!っていうかよくこの録音機無事だったね。ミミズさんがよっぽど丁寧にかけたってことかな」

姫香は臨也のコートから録音機を回収し、バッグにほうり込んだ。

「私の名前が出たらいくらなんでも反応するだろうと思ったんだけど、たいしてショック受けなかったんだね。結局臨也、一言も喋ってないし。私が拉致されて暴行受けても全然平気なんだよね。臨也自身が私を拉致監禁でもしようとしてるんじゃないかって思ってたけど、それにしては行動遅いし」

男はうんともすんともせず沈黙を貫いている。姫香は男の背中側に周り、馴れ馴れしく抱き着いた。

「ねえ今どんな気持ち?」

姫香はしばらく同じ姿勢のまま黙っていたのだが、男から返事がないのでつまらなそうに離れ、カウンターまで歩いてミミズの隣に立った。

「…何?」
「あの…どこか隠れるところありません?私今二人から命狙われてまして、もうすぐそいつらがここに来るんですよ」
「は?何言って…」
「隠れてやり過ごせないかと思いまして。ないなら私もう帰りますけど」
「じゃあ帰ればいいじゃん」
「服の手配を今からするとなると貴女と交換していただくしかないんですよ」
「今から案内するからファスナーとボタンつかむのやめて、お願いだから」
「ありがとうございます」

露出の多いミミズの服に着替えたところで姫香の傷が隠せるわけはなく、単にスタイルの良い女性を脱がせてみたかっただけの悪戯だった。

♂♀

ミミズが姫香を奥の部屋に案内し終えて戻ってくると、気絶して倒れていた仲間達が徐々に意識を取り戻してきていた。気が動転していたミミズは気付かなかったのだが、姫香は非力なので付け焼き刃の護身術しか見についておらず、暴力で気絶させたわけではなかったのだ。代わりに使っていたのはクルリに借りた特性の痴漢撃退スプレーで、攻撃をするフリをしながら巧みに吸わせていた。

「あんたたち、さっさと起きなさい。浅木姫香を潰すよ」

ミミズはパンパン手を叩きながら言い放った。一度は総攻撃を仕掛けて撃退されたが、『安全な場所』と称して窓の開かない狭い空間に閉じ込めたので今度は負けるはずがないと信じて疑わない。
しかし全員がようやく起きたかという頃にまた店の外から複数の足音が聞こえてきた。

「ああ…折原臨也、貴方の妹さんたちが来たみたいだよ。姫香ちゃんのことはとりあえず後回しにしてあげる」
「…」

男はやはり無言のままだ。ミミズは呆れ半分に感激して、男の頭を麻袋の上からボンボン叩いた。

「すごいね、好きな人を人質にされてもまだ黙ってるなんて。あ、もしかしてそんなに好きじゃないのかな。噂ってだけで、実際は姫香ちゃんはあんたの人形か何かなのかな?でもそしたら超可哀相だね、とばっちりじゃん!…まあいいや、あの子ムカつくから後でゆっくり貴方の前でボコボコにしてあげるよ」

黙り通す男も変わっているが、一人で語り続けるミミズも大したものだ。
そうしてもう一度、今度こそは計画通りになっていてくれと念じながら扉を開け――

「…なんなの、もう…」

期待外れな光景に絶望した。
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