長編夢

□プロローグ
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「あれ?」

ふと気がついたら、ここにいた。
――何してたんだっけ?
街の中をぼうっと歩いていた気がするが、どういうわけか記憶があやふやだ。駅構内らしく様々な案内板が見える。立ち止まって考え事をしていると誰かにぶつかったので、とりあえず顔を上げてみた。

「ごめんなさい。…あれ?」

すると何故か、先程まで自分が読んでいた小説の登場人物と瓜二つの人間が目の前に立っている。

「折原…臨也…?」

まさに二次元を三次元にしてみたような感じだ。コスプレなのだろうか、クオリティがやけに高い。二、三度まばたきをして見間違いではないと確信し、少しばかり興奮して声をかけようとしたら逆に話しかけられた。

「君、どうしたの?こんな人ごみの中で立ち止まっちゃってさ。それに、何で俺の名前を知っているの?」
「…。」
「まあ、職業的には知られていてもおかしくないね。」
「…?」

何かがおかしい。この人はしゃべり方や職業まで小説の人物のマネをしているのだろうか。
いやさすがにそれはないだろう。イタすぎる。
ゆっくり目をそらすと、不思議なことに周りの看板に違和感しか感じない。はたして自分はいったいどこにいるのだろうかと不安にかられ、もう一度目の前で自分の顔を凝視しているコスプレお兄さんに尋ねてみた。

「すみません、ここは、何処ですか?」

――そういえば、情報をもらうにはお金が必要なんだっけ。
そんなことを考えながら財布の中を確認しようとした。

「いや、ちょっと待ってよ。道案内くらいするから。で、ここは池袋駅の北改札前」
「え?」

舞台である池袋を出してくるだなんて、コスプレお兄さん、イタすぎる。自分が池袋を歩いていた覚えは全く無いのだ。かと言って、どこを歩いていたのかも思い出せない。

「ええと…私は何故ここにいるんでしょうか?」
「なぞなぞ?」
「いえ、私にもわかりません。」
「…お金、取るかもしれないね。」

高校を卒業したばかりの自分にそんな大金があるわけもなく。でも、行く宛てもない。

「まあ、とりあえず俺の家に来なよ。」

こうして彼女は連れて行かれるがままに非日常へと足を踏み込んでいくことになった。



それから二日後。

「戸籍、ないね。」

しばらく臨也と名乗る男性の自宅に泊めてもらえることになっていた。大人しく部屋のすみに固まっているうちに徐々に冷静な思考を取り戻していった彼女は自分の携帯電話が使えなくなっていることに気づき、また、自分が持っていたはずの一冊のライトノベルが鞄の中から消えていることに気付いた。そして夢見がちな彼女は現実逃避も兼ねて一つの非現実的な結論にいたる。
――トリップしたんだ、きっと。夢にしては長いし。

「そうですか…」
「君、何者なの?」
「さあ…?」

彼女には自分の名前くらいしか答えられない。住所も、学歴も、名前も、自分に関することはすべてここにはないものなのだ。


「で、料金なんだけどさ」
「はい」

有益な情報をもらった覚えは無いが、とりあえず世話になったので払うのは当然だろう。

「300万円ね」
「…はぁ?」

高校を出たばかりで一文無し同然の少女に一体何を要求しているのか。

「っていっても、返せないだろうね。」
「はい」

臨也の問いかけに実にあっさりと、素直に答えた。戸籍が無いとなると、就職もできないのだろう。これからどうやって生きればいいのだろうかとあれこれ思案するが、考えれば考えるほど絶望的になっていく。トリップという貴重な体験をしていることに高揚感はあれど、自分の第一発見者が折原臨也であるからには油断できず、不安要素てんこ盛りだ。

「じゃあここでバイトしなよ。お手伝いさん欲しかったんだよね。住み込みでいいよ。」
「え?」

住む場所と職業が与えられたようだ。うさんくささはバカにならないが、トリップの王道を行く展開だ。きっと大丈夫。

「わ、わかりました。ありがとうございます。これから宜しくお願いします。」

――情報屋でバイトってなにすればいいのかな。波江さんみたいな感じかな?
――あれ?私ってもしかすると預言者?愛読者だもんね。

まだ完結していない話だったが、途中までならシナリオは覚えている。

「うん、よろしくね。浅木姫香ちゃん。」

臨也に名前を呼ばれたとき、なんとなく寒気がした。
 

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