長編夢
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姫香はいつも通りパソコンと向き合っていた。
「ねえ、姫香。今日が何の日かわかる?」
無視。
「今日は姫香と俺の2周年記念日だよ」
「ふーん」
今度はさらりと受け流す。
「でさ、選んでもらいたい事があるんだよ」
「ふーん」
今頃になってから『姫香と俺の』という言い方が気になった。しかし相変わらず眉一つ動かさずに曖昧な返事をした。
「俺と結婚するか、高校に進学するか。どっちがいい?」
「ふーん」
さっきからろくに話を聞いていないのだが、これは臨也と暮らして三か月ほど経ってからは毎日のことである。比較的どうでもいい話をすることが多い臨也との会話はとにかく疲れる上に、そのうち一人でべらべらと語りだすので、基本的にわざわざ姫香が相手をする必要はないのだ。
「ねえ」
気がついたら、臨也は姫香の隣にいた。ぽん、と肩を叩かれる。パソコンから目を離して臨也の顔を見上げつつ、今何を言われたのか思い返した。
「ごめん、もう一回。結婚するか高校行くか選べって聞こえた」
「うん、そう言ったんだよ」
「はぁ?」
理解不能だ。結婚は冗談として、大学への進学を目前にトリップしてしまった姫香が高校生活をまた送る、というのも。
「頭大丈夫?ああ、元からおかしいか」
「俺は本気だよ。結婚する?」
「それは冗談でしょう。なんで高校に行かなきゃいけないの?」
「いや、冗談じゃないって。俺と結婚すれば借金チャラになるよ。しちゃおうよ」
「私は一体何に誘われているの?」
呆れ顔で反論しようとするが、予想通り臨也は聞く耳を持たない。
「それと、今年は姫香の友達も入学するんだよ。来良学園に。童顔な姫香なら紛れ込んでもおかしくないんじゃない?」
童顔で悪かったな!とつっこみたいところだが臨也の要求はなんとなくわかった。
「そういえばそうだった。じゃあ、進学するね」
「結婚のことは少しも考えてくれないの?」
「当たり前でしょう。」
――高校か。久しぶりだな。
話の要点はつかめたのでパソコンに目を移す。ながら作業は得意なほうだ。
「で、入学式はいつなの?」
「明日」
「もっと早く言ってよ…」
「制服は一応用意してあるよ。」
「何でサイズわかるの?」
教えた覚えは全く無いが、一つ屋根の下で暮らしていると嫌でも分かってしまうものなのだろうか。臨也の場合は『嫌でも』とは限らないので、いろいろと疑いは晴れない。居候させてもらっている身なので、こちらから何かとうるさくいうのも失礼だろうか。
「まあいいや。少し出掛けてくる。」
考えるのが面倒臭くなった。悪い癖だが『サッパリしている』と言ってしまえば長所に早変わり。
玄関に向かい、靴を履く。本当に明日が入学式なののならば夕方までに池袋に着けば『創始者』に会えるかもしれない。
「いってらっしゃい。早く帰って来なよ。夜遊びは危ないから」
オカンか!と思っているのはいつものこと。人使いが荒い割にはしっかり心配してくれているのだ。
「いってきます」
テンポよく踵を鳴らしながら家を出た。