長編夢
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翌日 来良学園校門前
「姫香さん、園原さんはなんで今日休んでたんですか?正臣も休みらしいですし」
帝人が言ったように、杏里だけでなく正臣も欠席していた。
「紀田君はどうかわからないけど、杏里は風邪だよ」
「え!?風邪ですか!?」
「うん。風邪」
姫香には帝人が風邪ごときでなぜこれ程驚いているのかわからなかった。インフルエンザやノロウイルスと言われれば驚くだろうが、受験前でもないのになぜ風邪でそこまで驚くのか。
「僕、何も聞いてないですよ。姫香さんは園原さんに聞いたんですか?」
「いんや。私独自の情報網でちょちょいのちょいだよ」
帝人は大きく肩を落とした。杏里が心配なのは姫香も帝人も同じだということだ。帝人が驚いた理由がようやく分かった姫香は、からかうように帝人の脇腹を肘でつついた。
「多分、杏里は帝人君に変な心配をかけたくなかったんだよ〜。仲が良いから言えない事とかあるじゃん」
言えない事のせいで正臣、杏里、帝人の三人の関係は後にこじれることとなる。
――今の内から意識させないと、後戻りはできないからね。
「急に休む方がよっぽど心配ですよ」
「じゃあ、心配してほしいんじゃない?帝人君に」
「え〜、変な事言わないで下さいよ〜」
照れて少し赤くなった帝人を見て、相変わらず奥手君だ、と思った。
「紀田君も心配だよね…」
「正臣はどうせサボりですよ」
「そうだといいんだけどさ、サボる時は私を誘ってくると思うんだよ」
「ナンパですか?そんなんだから正臣と付き合ってるなんて噂が立つんですよ」
「え、そんな噂立ってるの!?いけない、静雄さんに誤解されちゃう」
帝人はあわてふためく姫香を見て、普段滅多に見ないから面白い、と思った。
「姫香さんって静雄さんが大好きなんですね」
「年上をからかうな!」
「静雄さんのことになると子供にしか見えないですよ。っていうか年上なのか年下なのかよくわからない外見ですし」
「うわー。今のショック受けたよー」
「可愛いってことですよ」
「なんだ、口説いてるのか」
「違います」
帝人自身、自分から『可愛い』なんて言葉が出るとは思わなかった。
――姫香さんって、前から思ってたけど不思議な人なんだなぁ。
結局正臣の話題は少ししか出なかった。
***
池袋 某マンション
帝人と姫香は、杏里を見舞いに新羅のマンションに来ていた。せっかくだからセルティといちゃいちゃしようと思っていた姫香だったが残念ながら彼女は仕事中らしく、留守だった。杏里は相変わらず寝ているようで、帝人は『用事がある』と先に帰った。
――切り裂き魔の情報集めかな?杏里が起きてくれれば話が早かったんだけど、しょうがないか。帝人君、なんで私に聞かなかったんだろう。ダラーズのことになると『自分の問題は自分で解決する』って言い出すから…。
互いが互いを心配していて、そして話したくない事情があるがためにすれ違っていく。見ているだけなのはもどかしいが、友達が『教えたくない』と思っている情報を勝手に売り物にしたくない、という思いがあった。
――やっぱ私に情報屋って向いてないなー。他に出来ることなんてないのに。
「新羅、私って役立たずなのかな」
「…そうでもないと思うよ」
「なんで間があったの!?」
「姫香ちゃんはいつも笑顔だよね。その笑顔に救われてる人がいるんじゃない?静雄なんかが代表格だよ」
姫香は一瞬頬を赤らめてから目線を下げた。
「笑顔で金は稼げないよ」
「じゃあ専業主婦にでもなれば?」
今度は先程よりも赤くなって、ぶんぶん首を横に振って抗議した。
「からかわないでよ!結構深刻な問題だよ?ずっと臨也の世話になるなんてぜっったいに嫌だし、私にできそうな職業ない?」
新羅はしばらく唸り、パソコンを一目見てから思い付いた、と手を打った。
「俺の助手」
「え?」
「情報の整理なら得意でしょ?マネージャーやってよ」
「なにそれ。あ、止血とテーピングと消毒くらいならできるよ。池袋にいたとき臨也がしょっちゅう怪我してたから」
「静雄と喧嘩して?」
「そうそう、手当て面倒だったよ。どうせなら静雄さんの手当てしたかったのに全然怪我しないし、臨也ってば私をこき使いまくってくれちゃってさぁ。怪我はともかく、たまには静雄さんも風邪でもひけばいいのに。私が心を込めて看病するからね!」
「いやいや、二人が喧嘩するように姫香ちゃんが立ち回ってたでしょ」
言葉を詰まらせた。イザシズイザが見たくて裏で色々と操作していたのは否定できない。
「…そんなことはない…と思うよ」
「その間は何なのさ」
姫香が言葉に詰まっていると調度良いタイミングで鍵を開ける音が聞こえた。どうやらセルティが帰ったらしい。
「セルティ〜、お帰り」
新羅がにまにましながら酒も飲んでいないのに千鳥足で玄関口に向かった。
「マネージャーか…どうせ冗談だろうな。住むところどうしよう」
窓の外を見ながら呟いた。相変わらず雨が降っている。
その時、仕事用の携帯が鳴った。
「誰?」
ぼんやりと画面を見ると、『紀田正臣』と表示されていた。手の内で震える携帯をもういちど見る。
「もしもし」
『浅木サンすか?』
「うん。こっちの携帯にかけるなんて珍しいね。何が知りたいの?」
『ダラーズの創始者を教えて下さい』
普段のへらへらした陽気な態度とは正反対で、正臣の言葉には力がこもっていた。
「そんなん知ってどうするの。話し合いでもするの?切り裂き魔がダラーズにいるって思う?」
『はい』
帝人が知られたくないと思ってる以上、教えることはできない。正臣に協力するなら、情報屋としてではなく友達としてが良いという自分のわがままだ。
「ごめん、本人と取引してて教えてあげられない」
一瞬の沈黙。新羅とセルティが惚気ているのが見えるが、勿論気にならない。
『…じゃあ、臨也さんに聞きます』
「…そっか。じゃあね」
『気をつけてください。何か嫌な予感がしますから』
「紀田君も」
そして通話を切った。もどかしさにイラついて携帯電話を投げ出しそうになったが、臨也と一緒に買いに行ったときのことをフッと思い出して手から離れる寸前に冷静さを取り戻し、小さく舌打ちして鞄にしまった。
「…買い替えようかな、コレ」