長編夢
□6
1ページ/8ページ
「ここは…何処?」
町並みは自分が知る池袋と同じだ。店の並びから空の色、濁った汚い空気まで同じ。
ただ、人がいない。自分の存在に気付く人が。
見慣れた制服を着ている学生達が町を自由に歩き回っている。どうやら放課後らしく、買い物をしていたりカフェでお茶をしたりとそれぞれが有意義な時間を過ごしていた。
「帝人君!杏里!」
友人の姿を見つけて声をかけたが、二人には聞こえなかったらしい。近寄るが、何故か二人は何も見なかったかのように姫香の目の前を通り過ぎて行った。
「おかしいな…」
ドアが異様に派手なバンの側で談笑している四人がいる。
「ドタチン、絵理華さん!」
駆け寄りながら声を上げるが、何も反応はない。
「遊馬崎さん、渡草さん!」
すぐ横で大声を出しても気付かれない。
「なんで…?」
次は首に黄色のスカーフを巻いた少年と茶髪でショートカットの少女が二人で歩いてくるのが見えた。
「正臣、戻って来てたの?」
話しかけようとするが、二人は自分とすれ違ってそのまま歩いて行った。
――みんなが私を無視しているの?それとも…
不安になった頃に、バーテン服の男とドレッドヘアの男が二人で歩いているのが見えた。
「静雄さんなら…気付いてくれるよね」
駆け寄ろうとするが、足がもつれて前に進めない。
――静雄さんにまで気付いてもらえないなんてことはないよね?
涙目になって叫ぶ。
「静雄さん!」
きっと、振り返って笑ってくれる。そう信じた。だが、二人はそのまま、背を向けたまま、遠ざかって行った。
「なんで…?何で誰も振り返ってくれないの?誰か、誰か気付いてよ!」
涙をこらえながら叫ぶ。だが、誰もその声を聞かない。誰もその姿を見ない。
「やっぱり私は…いなくても同じ、ただの」
――よそ者なの?
そう思ってはいても口にできない。自分が誰にも気付かれない空気のような存在だとは認めたくない。しかし、現に今叫び声が誰にも気付かれていない。
「…ここにいたら駄目なの?私だって戻り方がわからないのに、どうやって戻ればいいっていうの!?」
トリップする直前に何があったのかよく思い出せないので戻るきっかけもよくわからない。この世界での姫香は、いつ急に消えるかわからない危うい存在なのだ。もしかしたら今が元の世界に戻る瞬間かもわからない。
「誰か気付いて…!」
――私を消さないで…
『なんだ、まだ帰りたくないのか?』
♂♀
――何の音?
目覚まし時計がジリジリとなっている音で目が覚めた。
「よかった、夢か…」
現在姫香は池袋のとあるマンションで一人暮らしをしている。といっても昨日からのことで、起きたときに自分しか家にいない状況に慣れていない。
起き上がり、積み上げられた段ボールをぼんやりと眺める。早く片付けなければ部屋が散らかってしまうだろう。まだ開ききらない目を擦りながら洗面所に向かうと、鏡で見た自分の顔にうっすらと涙の跡があった。
――酷い顔。
顔を洗いながら考える。実際に夢で見たような状況になるのは怖い。自分がいなくなっても周りはいつもと変わらずそれぞれの日常を過ごしているなんて寂しいことはまさかないだろうとは思うが、もしかしたらそうなるかもしれないという不安は日々大きくなっていく。
トリップしたばかりの頃は、どうせいつか戻るのだからと単純にこの世界での出来事を楽しんでいた。しばらくして、なかなか帰るきっかけがないので不安になった。
今はもう吹っ切れているはずだった。罪歌に愛され、静雄と思いが通じ、親友との絆も深まったので、この世界で生まれていない自分でも誰かを好きになれるのだと思った。
――今更戻るのは嫌だけど、友達がどうしているかは気になるな。
元いた世界を思い出す。そしてまた新たな不安が生まれた。
――元の世界で私はどうなってるの?行方不明?それとも、最初から浅木姫香はいなかったことになってる?
もしそうならば自分の存在が幻になってしまう。母も父も友人もいるのに自分が消えていくのだ。
――今見ているのは何?今聞いてるのは何?全部幻想?私の妄想?
また泣きそうになり、ハッとした。自分は前と同じことをしている。考えてもどうせわからないことなのに、勝手に妄想して泣きそうになっている。情けないではないか。これでは自分らしくない。
パチンと両手で頬を叩き、しっかりしろと自分に言い聞かせた。