長編夢

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携帯電話を開く。

「メール28件か。今日は少ないかも」

仕事用として使っているものなので、様々な情報がたくさん送られてくる。勿論、これまでに知り合い、メールを依頼した人達からしか送られていない。同じような内容のメールが暫く続き、大した収穫はないなぁと思っていた。が、一瞬ビクリと硬直し、画面をじっと見つめた。

「ブルースクウェアが…」

メールによると、姫香が今最も気にしている、ブルースクウェアというチームが今夜埼玉に向かうらしい。何が目的かは何となく想像できる。この前の事件のことで、To羅丸に仕返しをする気なのだろう。詳しい説明を要求するメールを返信し、携帯を閉じる。
朝食のトーストが焼けたようだ。表面の焦げ目を見ながら思う。

――喧嘩仕掛けるなら昼頃だと思うんだけどな。夜になったら暗いから地元軍のほうが地理的に絶対有利だもん。青葉君は泉井蘭の部屋燃やしてたけど、まさか他人の家に放火なんてしないよね。

バターをぬり、牛乳を一口飲む。蘭の顔が思い浮かび表情が歪んだが、すぐに忘れた。

――それにしてもこの前、なんで私を助けたんだろう。

屈強な集団に助けられたことを思い出す。あの時は青葉が他のメンバーに姫香を助けるよう連絡したのだろう。では、何故毛嫌いしている相手を助けるのだろうか。

――実は好きでした。もしくはあとで私を利用する為に恩を売った。

青葉の人を嘲笑うような笑顔を思い出し、明らかに自分に好意はないと判断した。

――私は騙されやすいタイプだって臨也に散々言われたっけ。気をつけなきゃ。

相手は厄介な集団だが、リーダーの青葉が臨也と似た性格なので、冷静になれば行動が読めるかもしれない。臨也もかなり厄介な人間だが。

――大問題がひとつ。臨也は『実は好きでした』ってタイプだけど、青葉君は私を嫌っている。それだけで行動パターンが大きく変わるよね。

乙女ゲームを攻略するときのような考え方をしている自分に気づいて恥ずかしくなり、何事もなかったかのように黙ってトーストを食べ、歯磨きをした。

――何しでかすかわかんないけど、とりあえず埼玉に行こう。私が邪魔すれば向こうの被害も少なくなるだろうし、ついでに六条千景なんかと知り合えれば最高。

あまり深く考えるのは止めた。
軽く化粧をしていると、急に着信音が鳴った。普段使いの携帯だ。これに電話はなかなかかかってこないので、驚きつつ開くとディスプレイに表示された名前にさらに驚いた。

「臨也!?急に何、何の用?」
『久しぶりに声を聞きたくなって』
「暇さえあれば盗聴器しかけてくるくせに何言ってんの。じゃあね!」

そのまま電話を切ろうとしたが、何やら喚いているので少しだけ話を聞くことにした。

『大事なことなんだよ、聞いて』
「手短に」
『今ロシアのなんでも屋が日本に来てるの、知ってるよね』
「カラスとぞうさん?」
『そうそう。で、その二人が姫香を狙ってるらしいから気をつけて』
「誰が二人に依頼したの?」

珍しく冷静になって話を聞く姫香に感心する臨也。

『やっと自分が狙われやすいって理解したみたいだね』
「いいから、誰が依頼したか教えてよ」
『そこまでは俺にもわからない。とにかく今日は大人しくしてた方がいい。相手はプロだからさ』
「わかった。私が死んでも最悪誰にも見つけてもらえないしね」
『俺が必ず見つけるよ。死ぬ前に』
「はいはい、じゃあね」

朝から不謹慎な話題だと呆れつつ、わざわざ報告をしてきた臨也の真意が何か探る。

――私を狙うのはだいたい、静雄さんか臨也か私自身に怨みがある人か、あるいは粟楠会と敵対してる人たちかな。臨也に関係してるならもっと警戒するようにしつこく言ってくるはず。粟楠会関連ならセルティを護衛に雇うかもしれない。

髪型を整える。今日はやけに寝癖が酷い。

――静雄さん関係なら何も教えてくれないだろうな。私が怪我したとして、本当に傷つくのは静雄さんだし。静雄さんは優しくて純粋だからね!

恋人のことを考えると誰でも口元が綻ぶのだろう、鏡に映った自分の顔を見て慌てて思考回路を元に戻した。

――残るは私。私を怨んでて、しかも裏の人間となると誰?流石に青葉君は殺し屋さんに依頼するような年齢じゃないしパイプもないだろうな。

寝癖が大分落ち着いたところで、今日の髪型を考える。もし喧嘩に巻き込まれた場合、ポニーテールなら髪が纏わり付かなくて楽そうだ。服装とも合っている。

――相手はプロでしょ?なんで臨也が私が狙われてることを知ってるの?それに、そこまでわかるなら依頼主も探し当てるよね。

根本的なことから考え直す。

――依頼主は臨也でした!なんてことは…ないよね〜

やがて考えるのが億劫になり、四木から護身用に渡された銃だけ持っておくことにした。

***

電話を切られた後、暫く画面を眺めてから携帯を閉じた。

「会話は成り立ったのかしら」
「質問に悪意を感じるんだけど」
「しつこい男だって自覚はあるのね」
「しつこくないと姫香は俺のものにならないよ。君も弟が大好きだろ?それと同じさ」
「一緒にしないで欲しいわ」

苛立ちつつ仕事をこなす波江と、パソコンの画面を睨んでいる臨也。

「私は貴方みたいに誠二に怪我させようとは思わないもの」
「あんまり大声で言うなよ。俺だって姫香が心配なんだから。下手に反抗して殺されないか」
「馬鹿げてるわ。なんで愛しているのに怪我をさせるのよ」

苛立ちの色を濃くしながら書類の整理をする。

「決まってるだろ。シズちゃんから引き離すためさ」

臨也は椅子から立ち上がり、窓から新宿の町を見下ろした。朝の光が眩しいが、姫香がいたころのこのリビングのほうがずっと眩しかっただろう、と柄にもなく心の中でつぶやいた。

「俺は姫香を危ない目には合わせないけど、シズちゃんはどうかな〜」

楽しそうに言っているが、眉間にシワが寄っている。

「姫香は俺の忠告を無視するよ。残念だけどあの子ならそうする。だけど、怪我した後に今よりずっと用心深くなるよ。疑心暗鬼になるといいけど、流石にそこまではならないかな。銃を構える姫香を見たシズちゃんは何を思うかな〜。俺なら受け入れるbんだけど…」

まるで誰かに向かって独り言を言っているようだ。

「貴方の予想通りになるかしらね」

臨也に向けた言葉だが、波江は妖精の生首を見つめていた。
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