長編夢

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5月4日
電話のベルで目が覚めた。

「何の用事だろう、こんな朝早くに」

仕事の依頼はもう来ないだろう。勝手に行方不明になっていたのだから信用など丸つぶれだ。

「もしもし」
『…姫香?本当に帰ってたんだ』

この声は明らかに臨也だ。ホッとしたのか怒っているのか喜んでいるのか分からない。おそらく今の姫香は、もし臨也の表情を見たとしても分からないだろう。

「どちらさまですか」
『分かってるくせに』

その声は自信に満ちていたようだったが、姫香も頑なだ。

「詐欺なら110番にどうぞ」

臨也は長い溜息をつくと、言い聞かせるように自己紹介を始めた。

『折原臨也。浅木姫香を愛して2、3年目の21歳男』
「21歳なら私が知っている臨也さんとは違いますね。人違いですよ。気をつけて下さい」

適当なことを言って電話を切ろうとしたが、重要なことを思い出した。

――今日、4日だったっけ。

『ちょっと待て!まだ言いたいことが山ほどあるんだよ!』

受話器から何やら喚く声が聞こえたが無視した。

「…25回目の誕生日おめでとう」
『あ、ありがとう。覚えててくれて嬉しいよ!ハハハっ!』

笑い声が耳に障ったので本当に電話を切ろうかと迷ったが、臨也がまた何か刷り込もうとしてくるかもしれないので切るのはもったいない。臨也の刷り込みを逆手に取って本当の狙いを探れば、物語を大きく動かせる。

――揺さぶって揺さぶって揺さぶって…最後には皆が笑ってるようにする。

皆の中に誰がいるのか、姫香自身も含まれているのかどうかは分からない。

「で、言いたいことって何?」

おおよその事は本を読んだので分かっているが、自分でこれからの流れを変えるとなると細かな感情変化まで見落とせない。

『まずは、お帰り』
「ただいま」
『で、俺の忠告無視して埼玉に行って撃たれたんだよね。それはどういうこと?』
「そういうことだよ。分かってることは聞かないで」
『怪我は?まだ完治してないでしょ』
「いや、バッチリ治った」

全てが無かったことにされているのだから傷痕でさえ無くなっている。

『そう。これから大変なことになるけど、無理だけはするなよ』
「臨也こそ。青春時代を送る子供達に嫉妬して暴れまわるのはダメだからね」
『言うようになったねぇ』

否定しないあたりが臨也らしい。

――ヴァローナ達に私を狙わせたの、臨也だよねぇ。ヤンデレにも程があるっていうか、狙うなら静雄さんにしてくれって感じ。イザシズでもシズイザでも私的には美味しいよふはは。

思考回路が逸れたがなんとかもとに戻し、臨也の今の表情を想像した。

『これからどうする気?まだ新羅の所でバイトするの?』
「クビにされてなかったらね。給料も結構良いし。言っておくけど、また臨也の所に戻るなんて気はサラサラないから」
『ハハ、それは残念。俺と一緒にいれば紀田正臣君にも会えるかもしれないのにねぇ』
「会おうと思えばいつだって会えるよ。私も情報屋さんの端くれだし」

――それに、どうせもうすぐ戻ってくる。会うか会わないかは別にして。

正臣は、チャットの過去ログが消えていたことを不審に思い、帝人に会おうと帰ってくるはずだ。

「あんまり悪さしないでね、甘楽ちゃん」
『……』
「あ、旅行中でも誰かに刺されないように気をつけてね。正臣と同じように、私のこういうカンは外れないから」

この言葉で、バキュラのふりをして帝人を弄んだ臨也に少しばかりの反撃をしたつもりだ。
臨也は今回は蚊帳の外で、池袋にはいない。そして、今夜には東北のどこかで刺される。

『…分かった。気をつける』
「うん、じゃあまたね」
『次は会えることを期待してるよ』

受話器を置いた。

――さて、いつになったら私と会えるかな?

今は顔を合わせたくないが、きっといつか会う時が来る。

「邪魔なら撃つし、必要なら愛するよ」

テーブルの脇に置かれた冷たい拳銃を眺めながら呟いた。

――私が臨也の笑顔を見たいと思うかどうかは、これからの臨也次第かな。
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