三題噺
□【ボタン・留守・銃弾】
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※現パロ
「おじゃましまーす」
緊張感のかけらもない声でそう言って家にあがりこんだまこととは最近幼馴染からいわゆる"コイビト"になった。告白した時はかなり緊張したし、まことも今まで見たことがないくらいしおらしい態度で真っ赤になってうなずいてくれたのは記憶に新しい。しかしそれ以来俺に対するまことの態度は以前と全く変わりがない。今日だって親が留守なのに何のためらいもなく俺の部屋でくつろいでいるまことを見ると自分だけ意識してるみたいでばかばかしくなった。
「お茶持ってくるからやりたいゲーム出しといて」
なんのためらいもなく俺のベッドに座り込んだまことの短めのスカートからのぞく太ももを必死に視界から外してキッチンへ向かう。コップを2つとお茶、ついでに戸棚から昨日買っておいたお菓子を取り出しお盆に乗せて自分の部屋に戻ると、ゲームの準備はすっかり整っていてまことは漫画しか入っていない俺の本棚を物色していた。
「この漫画借りていっていい?」
そう言って指差されたのは最近友達に薦められて買い揃えたバトル物の少年漫画だった。特に貸せない理由もないのでうなずくとさっそくまことは本棚から全巻取り出して積み上げる。
「帰り、忘れそうだったら言ってね」
「おう」
バランスを崩すことなく積み上がったそれを軽く手でたたいてまことはすぐに始められるようにしてあるゲームの前に座り込んだ。
「早くやろうよ」
小さなテーブルにお茶とお菓子を置いてコントローラーを手に取る。そこでやっとちゃんと画面を見た俺はセットされているのが2人対戦のガンシューティング物なのに気付いた。
「お前これ苦手じゃなかったか?」
「そんなことないよ。いいの、これで」
「そう言っても負けたら文句言うくせに」
「言わないもん」
「本当だな、その言葉覚えてろよ」
「平助こそそうやってなめてかかるとあとで後悔するよ」
ゲームでの対戦の前にひとしきり直に舌戦を繰り広げてから2人とも自分の愛用のキャラクターと装備を選ぶ。まことが使うのはいつも威力重視の重装備で固めた筋骨隆々の男キャラ。俺が選ぶのは速さ重視の細身の男キャラ。といってもまことはあまりこのゲームが得意ではないからまこととのプレイ回数は両の手で数え切れるほどだ。
画面上のカウントダウンの数字が0になった瞬間、部屋の中にコントローラーのボタンが連打されるカチカチという音が響く。まことの腕前はやはり以前このゲームで対戦した時から全く変わりなく、俺の攻撃だけがどんどん相手の体力ゲージを削っていった。負けず嫌いなまことはこのゲームに限らず一方的に負けるようなことがあるとすぐにふてくされてしまう。これはあとで機嫌を取るのが大変だなと思いつつちらりと顔色を窺うと眉間にしわを寄せて悔しそうな顔をしているだろうと思っていたのにどこか目の焦点の合っていない呆けた顔をしていて少し驚いた。
気が付くと画面の中では俺が勝ったことを告げるYOU WINの表示が点滅していて。しかしいつもなら騒ぎ出すまことは呆けた顔のままでコントローラーのボタンを押し続けていた。
「まこと…?」
様子がおかしいのが気になって声をかけるとまことは肩をびくりと震わせる。
「どうかしたのか?なんかお前変だぞ?」
俺が何かしてしまったのだろうか。体調が悪いのだろうか。それとも…。様々な考えがめぐる。なんでもない、と小さく答えてやっぱりゲームを変えよう、とまことはまた棚をあさり始める。と、棚の手前にさっき積んだ漫画をまことの足が蹴り飛ばして派手に崩れた。あわてて漫画に手を伸ばしたまことの上に中途半端なところで手を離されたゲームカセットのパッケージがいくつか棚から落ちていく。
漫画が倒れた地点で立ち上がっていた俺はとりあえずカセットとまことの間に身体を滑り込ませた。背中に衝撃が走り、落ちてきたカセットが俺の背中で一度はねてから床へ落ちていく。
「大丈夫か?」
へたり、と床に座り込んでしまったまことの肩を掴んで聞くと、まことは小さく頷いた。とりあえず一安心した俺はほっとため息をつく。
「お前、本当に変だぞ。体調悪いならもう帰るか?それとも、俺なんかしたか?」
ため息と一緒に考えていたことまで口から出てきて、すべて言い切ってからしまったと思った。これじゃ怒っていると勘違いされてしまうかもしれない。恐る恐るまことの顔色をうかがうと最悪の想像が的中していた。目に涙をためて唇を噛みしめているまこと。別に怒ってる訳じゃねえんだ、とフォローを入れてもまことの表情が晴れることはない。
「…やっぱりもう帰る」
「ちょっと待てよ」
急に俺の手を振り払って立ち上がったまことをあわてて止める。
「俺がなんかしたなら謝るから、」
頼むから何も言わずに出て行かないでくれ。ちょっとかっこ悪いくらい必死にすがる俺を見てかわいそうだと思ってくれたのだろうか。まことはまたその場に座り込んだ。とりあえずこの場に留まってくれたことにほっとするが問題は何も解決していない。
「で、どうしたんだよ」
うつむいたままのまことの肩を揺すって促すと、まことはさらに俯いてぼそぼそとしゃべりだす。
「平助があんまりにもいつも通りだから」
「……?」
まことの言わんとしていることがわからなくて首を傾げると、それを空気で察したのだろう。まことは顔を上げて俺の目を見つめる。泣きそうなのだろうか、その顔は赤い。
「平助のか、彼女になって初めて平助の部屋に来たから緊張してたの!なのに平助はいつも通りだから自分だけ空回ってるみたいで恥ずかしかったの!だからもう帰るっ!」
「……!」
もう一度立ち上がろうとしたまことをとっさに抱きしめると、どくどくとどちらの物ともつかない、でも確実に通常よりも速く脈打っている鼓動が聞こえる。どうして気づかなかったのだろう。まこともまことなりに緊張していたんだ。そう思ったらなんだか笑えてきてこらえきれずにまことの肩に顔を埋めてくすくすと笑ってしまう。
「ちょ、なんなのよ」
くすぐったいのか身をよじるまことをさらにきつく抱きしめる。そのまま耳元に口を寄せて鼓膜を直接揺らすように俺も緊張してたんだからな、とつぶやくと、まことは嘘だ、とすねたように言いながら俺の背中に手を回した。
「嘘じゃねーよ」
「だって、いつも通りだったもん」
「どこがだよ」
「せっかく2人きりなのにゲームしようとするし」
「それ以外何して良いかわかんないだろ」
「親がいないって言った時も全く表情変わってなかったし」
「がっついてると思われるのが嫌だったんだよ」
お互いのわだかまりをひとつひとつ解消していけば、そこに残ったのはなんとも言えない気恥ずかしさとすっかり肩の力が抜けた2人で。
「次はこれやろうぜ」
そう言って近くに落ちていたパッケージを拾い上げて棚に戻し、崩れてしまった本を積みなおす。
「ほら」
テレビの前に座ってコントローラーを差し出すと、まことはそれを受け取った。ゲーム機の電源を入れなおせば、部屋の中にはディスクを読み取るゲーム機の低いうなるような音が響く。
「今度こそ負けないから」
今までどちらも手をつけていなかったお菓子に手をのばしながらまことが意気込む。
「じゃあ負けた方は罰ゲームな」
「受けて立とうじゃないの」
まことが負けたら明日のおやつはまことに買ってきてもらうことにしよう。そう勝手に決めて俺はコントローラーのボタンを連打するのだった。
2012.05.25