薄桜鬼短編
□満月の夜に
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昼寝をしたからだろうか。
なかなか寝付けなくて、水でも飲もうかと通りかかった中庭前の廊下。
そこには新選組唯一の女隊士であり、四番隊の組長であるまことが座って、満月を見ながら酒を飲んでいた。
ちょいちょい、と手招きされた手に誘われるまま横に腰を降ろすと、まことは自分が使っていた杯に酒をついで渡してくれた。
それを一気に飲み干した俺は、酒を満たしてまことに返す。
しばらくそんなことを繰り返して黙々と2人で酒を飲んでいた、そんな静かな空気を壊したのはまことだった。
「なぁ、平助。」
「ん…?どした?」
「おれが男だったら、おまえはどう思う?」
突然しゃべりだしたまこと。
「はぁ?どうしたんだよ、急に。」
「ほら…うちの幹部連中ってやたらと美形が多いじゃん。で、おれは一応女なのになんて貧相な顔なんだろうって、だったらいっそ男だったらどうだろうと思ったわけ。」
そう言って月を見上げたまことの顔は他のどんな奴らよりもきれいで、艶っぽくて。
「まことはきれいだよ。」
つい口から出てしまった言葉。
顔と耳がどんどん熱く、赤くなっていくのがわかる。
「ちょ、平助、冗談はやめろよ…。」
「……。」
俺は恥ずかしくなって、黙ってまことに杯を回さずに酒を煽り続けることにした。
「はぁ…言い逃げかよ。」
「……。」
「なんか言えよ…。」
「……。」
俺が黙っていると、まことはすねたように俺から目をそらした。
「もういいよ。勝手に話すから。」
「……。」
「おれさ、総司みたいに鼻筋が通ってるわけじゃないし、お前みたいに髪が長いわけでもないじゃん。」
「いいじゃんか。それくらいがかわいい。」
…やべ、酔ってきたみたいだ。
理性という枷が緩んだ口は俺が思ったことを言葉にしてしまった。
「なっ…。」
うろたえた顔のまこと。
あぁ、こいつのこんな顔、久しぶりに見たかもしれない。
「め、目だって土方さんみたいなきれ長には程遠いし…。」
「どうして比べる相手が土方さんなんだよ。俺は好きだぜ、お前の目。」
なおも止まらない俺の口。
「平助…。」
「お前の目はいつもまっすぐで揺らがない。」
酒の力でこんな事を言うのはかっこわるい気がするけど、それでも俺の口は止まらない。
「なんで人と比べるんだよ、俺はさ、お前が…今のままのお前が好きだぜ。」
「なっ…。」
まこと目を見て見て告げたのは、ずっと想っていた、伝えたかったこと。
俺の言葉を聞いて目を見開いたまことの顔は真っ赤で。
あぁ、やっぱりきれいだ。
そう思ったときには俺の手はまことの頬に触れていて、そのまま引き寄せるようにまことの唇に口づけていた。
そっと唇を離すとふいっと目を逸らすまこと。
やば、なにしてんだ、俺…。
自分が何をしたのか理解してしまい、急に恥ずかしくなった俺もまことから目を逸らしてしまう。
「……。」
「……。」
さっきとは質の違う沈黙。
目線の遣り場に困って月を眺めてみるが、まったく目に入ってこない。
「あの…さ、」
先に口を開いたのはまたまこと。
「お…おぅ。」
「やっぱり、おれ、このままで良いかな。」
「そう…か。」
「うん。」
そっとまことの方を見てみると、まこともこっちを見ていて目があってしまって。
そのまっすぐな目に引き込まれて目を逸らせずにいると、まことがふっと笑った。
その笑顔はさっきまことが自分と比べていた幹部連中はもちろん、空に昇っている満月よりも、きっと世の中に存在している何よりもきれいだった。
→あとがき