柘榴堂
□昇さんからお呼びがかかるということ
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昇さんから「明日、光一も連れてうちに来なよ」と電話がかかってきたのは昨日のことだ。
今朝、俺は幼なじみの光一に、このことを話した。
光一は俺の話を聞いた途端に
「ごめん。用事がある」
と断ってきた。
行きたくないのだ。
付き合いが長いからすぐにわかる。
別に強要するつもりも無かったので、俺は一人で昇さんを訪ねることにした。
昇さんは地域密着型の文房具屋『柘榴堂』の二代目だ。
一代目から見て孫だから本来なら三代目になるはずだが、一代目の息子達は誰も継いではくれず、孫の昇さんがちゃっかり後継ぎに収まった。
ちなみに現在、柘榴堂は、夫と共に店を立ち上げた、昇さんのおばあちゃん、トキさんが、夫が亡くなった後も切り盛りしている。
トキさんは優しいおばあちゃんで、近所の子供からも信頼があつい。
昇さんも子供受けは良いのだが、どうも信頼はされていないと思う。
平気で嘘を吐くし、
おっちょこちょいだし、
頼りにならないし、
調子が良いし、
頼りにならないし
…アレッ、何か重複した気がするが、とにかくそんな感じなのだ。
いざという時は頼りになる人間だと思うのだが、俺はまだ、そのいざという時を経験したことがない。
この間なんか、近所の小学生に「日本列島は高天原から神様が矛で海を混ぜて固めて作ったんだよ」と得意げに語っていた。
昇さんはなかなか口が上手いので子供たちはすっかり乗せられていた。
俺と光一も小さい頃に遊んでもらっていたけど、そこで得た教訓は、昇さんの言ったことは話半分で聞いておいた方が良い、だ。
しかし昔馴染みだし、柘榴堂には今でもたびたび訪れる。だからわざわざ呼び出されるというのはすごく不自然だった。
絶対裏がある。
確か電話では美味しいお菓子があるとかなんとか言っていた。
幼稚園児を狙う誘拐犯かよ!?
俺は心の中でつぶやいた。
昇さんの性格からしても、わざわざ美味しいお菓子を俺たちに分けてくれる訳がない。
昔、幼かった俺たち(昇さんも小学生だったけど)とゲームで勝負し、容赦なしに勝ち、平気でおやつを取り上げた人間だ。
光一もそれが分かっているから断ったのだろう。
俺はというと、行けない理由もないし、上手く断れなかった。
まあ、行かなきゃ良いだけの話だけど、なんとなく後ろめたくてそれも出来ない。
結局、流されるように柘榴堂まで来てしまった。
俺は店の前で立ち止まる。
空はまだ明るいのに、肌を刺すような冷たい風が、建物の間を吹き抜けていく。
「ろくな事は無いよ。そのまま回れ右してお帰り」
と風が語りかけてくるようだ。
風の声に従うべきか否か。
しばらく迷ったていたが、来てしまったからには入ろう。
俺は思い切って戸に手をかけた。