帝人受け

□残りの一つ
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日曜日の昼下がり、帝人は大きなバスケットを抱え、賑わう休日の街を歩いていた。
そのバスケットには、焼き立てのクッキーが入っていた。

「このクッキーどうしよう」

頭を抱える帝人。
午前中、杏里にお菓子作りを教えていた。
お菓子作りを得意としていない帝人でも杏里には充分だった。

「まさか分量を間違えるなんて……」

杏里の失敗を思い出したのか苦い顔をして、甘い香りがする荷物を見た。
昼食にしてもかなりの分量のクッキー。
これをどうしようかと悩んでいるのだ。

当てもなくぶらぶら歩いていると、破壊音が聞こえてきた。
見ると自動販売機が空を舞っていた。
上京したての頃は驚いていた帝人だったが、慣れてしまったのは言うまでもない。

思い付いたといわんばかりに帝人は嬉しそうに、絶賛喧嘩中の二人に走りよる。
周囲の人々はなぜ犬猿の仲の二人にあんなにも笑顔で走りよれるのか不思議であったが、あえて深入りはしなかった。
都市伝説が増えていることに、帝人が気付くのはまだ先のこと。

「静雄さん、臨也さん!」
「帝人君だー」
「帝人!?」

臨也が帝人の声にインパルスぐらいの速さで反応し、ぎゅむっと抱き締めた。
静雄は手にしていた標識をご丁寧に元の場所に付き立て、臨也を帝人から引き離した。

「わわ、臨也さんっ!」

フードを掴んでべりっと臨也を離す。

「帝人にノミムシ菌がうつるだろ」
「帝人君の温もりがー。ていうか、ノミムシ菌って何?ムシなの菌なの?やっぱりシズちゃんはバ……」
「うるせぇぞノミムシ!!わりぃな、帝人」
「二人とも喧嘩はやめてくださいよ」

帝人はこの喧嘩の仲裁を入れれる数少ない内の一人。
二人を交互に見て無邪気に笑う。
すると、二人は顔を仄かに紅くして目を逸らす。
とぎまぎしながら帝人は本題を切り出した。
二人の前にクッキーがたくさん入ったバスケットを差し出す。

「多く作りすぎちゃったので一緒に食べませんか?」

ぐぅという音が二つ、同時に鳴った。



公園のベンチに仲良く座る三人。
池袋に詳しい人が見たら、二度見は間違いない光景だ。
狩沢がいたら二度見どころではない。
帝人を挟んで右が臨也。左が静雄。
バスケットは帝人の膝の上。

「うめぇ。帝人が作ったのか?」
「いえ、僕は手伝ってあげただけです」
「誰のお手伝い?」
「園原さんに……」
「へぇー帝人君が彼女に教えてあげたんだー。面白い話だねぇ」
「菓子作れるなんてすげぇな、帝人は」
「大したことじゃないですよ」

ポリポリとクッキーを頬張りながらそれぞれの感想を言う。
謙遜した帝人だったが誉められて嬉しかった。

「「あっ」」

静雄と臨也がバスケットに伸ばす手を止めた。

「あれ? あと一つ……」

残るクッキーは一つ。
偶然とも言うべきなのか、クッキーの形はハート型だった。
とたんに帝人越しに火花を散らす二人。
帝人は冷や汗をかいた。
嫌な予感はするもこの二人からは逃げられない。

「シズちゃん、その手を引っ込めてくれないかなぁ」
「お前が引け」
「ハート型のクッキーは俺が食べるの」
「てめぇ、クッキー食い過ぎだ」
「シズちゃんの方がたくさん食べてるし」
「食べてねぇ!」
「食べてる! このクッキーは俺の!」
「ハート型のこのクッキーは臨也なんかに渡さねぇ」
「じゃあ、どっちが帝人君のハートを奪えるかだね」
「望むところだ」

「帝人君は俺の」
「帝人は俺の」

いつの間にかクッキーの争いからずれている。

「もう煩いですね!」

帝人は最後の一つのクッキーを、ひょいと取って小さな口に放り込んだ。
ポリポリと食べながら二人を見た。

「何ていう顔してるんですか」

二人は茫然としていた。
帝人は何だか罪悪感を感じた。
溜息をついて言った。

「分かりました、また今度作りますから!」
「本当に!?」
「いいのか?」

嵌められたのかもしれない……。
爛々と輝く二人を見てそう思うのであった。

臨也は、俺の家に来てケーキを作ってくれ、と。
静雄は、俺はプリンが食べたい、と。
こうせがまれては帝人は断りきれなかった。
帝人はそれぞれの家に作りにいくのだった。


-END-

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