帝人受け

□特別な兼用カップ
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優先するべき仕事が一通り終わったので、来客の準備をしようと立ち上がった。

来客用の食器棚には様々なティーカップやコーヒーカップが綺麗に並べられている。
アウガルテンやウェッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、エインズレイ、リチャードジノリ。
エルメスやマイセン、ノリタケといった聞き慣れたブランドも揃っている。
ブランドといっても一万円を切る比較的リーゾナブルなものもあるが、ここには高価なものが結構揃っている。

波江は以前、臨也に気の利いたことをするのねと皮肉を込めて言ったことがある。
相手のお気に入りのブランドであるカップや茶葉、豆等をさりげなく出す。
そうすると仕事がスムーズに進むことがある、と波江は納得していたからだ。
臨也は仕事のためと受け流した。
彼自身、富や権威を象徴する証の高級品にあまり興味がないらしい。
相手から信頼を得るためにしばしば用いるようだ。

手際良く準備をしていく波江。
ティーカップを二客用意し、茶葉を取り出そうと手を伸ばした。
その時、ふと目に入ったのは、見なれないカップだった。

「あら……」

それは来客用がセットで揃っている中に、棚の手前に一客だけ、ぽつんと置いてあった。

「こんなティーカップあったかしら?」

手を伸ばしカップを手に取って、まじまじと見つめた。
白地に鮮やかな青色のラインが二本描かれているシンプルなデザインで、コーヒーと紅茶の兼用して使えるありふれたものだった。
なぜ今まで気付かなかったのだろうか。
いや、そもそも置いていたかどうかさえ明瞭でない。
波江はその一客に興味を持ったのか、裏印を確認してみた。
けれども、銘柄も何も入っていなかった。

「どう見ても……安物よねぇ? 何で一客だけなのかしら」

息を吐きながら呟いた。
こだわりを持っている臨也が来客用の棚に無銘のものを置くだろうか。
そして、なぜ一客だけあるのだろうか。

ちょうどその時、雇い主が帰ってきたようだ。
カップを元の場所に戻し、波江は準備を再開した。
結局、そのカップが何だったのかは分からずじまいだった。


だが、彼女は答えを知る手前にいる。

そのカップは、臨也の私物で、もともとは二客セットのうちの一客だった。

波江が間違って使ってしまわないように、普段使う棚ではなく来客用の棚に置いたことを。

また、自分が手に取りやすく見えやすい場所に無意識のうちに置いたために、波江の目線より上にあったことを。

そして、帝人のところにもそれと同じものがあることを。

池袋の雑貨屋で二人仲良く選んで買ったことを、波江が知るまで、あとーー。


ーENDー
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