短編集

□報われないこの恋
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日が沈む時間帯に、帝人君から久しぶりに電話がかかってきた。
最近は、仕事で忙しかったからね、帝人君と話せるなんて嬉しいな。
嬉しいことに、帝人君の方から会って話でもしませんか〜という誘いがきた。
用件は何だろう?情報提供の協力でも何でもいいから、早く帝人君に会いたかった。

今日はちょっと張り切って、仕事も早めに終わらせて、仕上げは波江さんに押し付けてきた。
ウキウキ気分で、池袋を歩いた。楽しみだなぁ、楽しみだなぁ。
邪魔者もいないようだったから、ゆっくりと過ごせる。
久しぶりに露西亜寿司にでも顔だして、帝人君と一緒に食事をしようかな。

今日は、趣味なんて無視無視。
帝人君に会えるんだから……
それだけが、俺の楽しみ。

待ち合わせの公園に着くまでかなりの時間がある。
もう日は落ちた。
辺りは店の看板などに照明がつき始め、街をよりいっそう、にぎやかにさせる。


前方にシズちゃんが見えた。
幸運にもシズちゃんの方は俺に気づいていないみたいだから、俺は身を隠すために、路地裏に逃げ込んだ。
また喋ってるときに邪魔が入って、鬼ごっこなんて絶対に避けたい。

折角、帝人君とゆっくりと時間を過ごせると思ったのにっ……
これだから、俺はシズちゃんのこと大っ嫌いなんだよね。

壁に寄りかかり、時間を携帯で確認した。まだ時間に余裕はあった。
ふーっとため息をつき、早く帝人君に会いたいなぁ、と思った。

コツコツと人が来る気配がして、奥の路地裏から暗闇の影をまとった帝人君が現れた。
一瞬、自分の目を疑った。待ち合わせの場所でもないし、時間もまだ早い。
なのに、こんな場所であうなんて、もしかして探しに来てくれたのかな。だったら嬉しいな。

「帝人君!! 会いたかったよ」
「臨也さん、僕もです」

『僕もです』という言葉に期待をした。

「どうしてここに?待ち合わせ場所ではないよね?」
「行く途中に見かけたんで。実は、臨也さんにお願いがあります」

わかっていた。
わかっていたけど、口に出して言われると何かが崩れ去っていくような感じがした。

「なにかな?」

何でもいいよ。
愛しい君が望むもの全てあげよう。
お金、権力、地位、名誉、なんなら嫌だけど、君にあった恋人も用意するよ。

君は俯いて、そっと近づいてきた。
触れそうで触れない距離。

「臨也さん、」

消え入りそうな声で俺の名前を呼ぶ。
やっぱり可愛いなぁ。

―――触れたい、彼を抱きしめたい。

「何?帝人君」

愛しく想い、微笑みかけて、帝人君の肩ぐらいまで伸ばしかけた手を止めた。
腹に違和感を覚えたからだ。
脳が麻痺してたのか、違和感が何なのか、何が起こったのか、わからなかった。
けれども、じわじわと腹から痛みが伝わってきた。

「死んでください」

低い声とドスッという鈍い音と共に、また刺された。

―――刺された?誰に?

ガクンと膝が地面についた時、帝人君が手に持っているものが見えた。
欠けた月に照らされて鈍く光る刃物。その切っ先に紅い血がついて数滴垂れている。

『死んでください』

―――それが君の望み?
俺の死が帝人君の望みかァ
死んだら愛せなくなるね
しょうがないか……
帝人君のお願いならね。

嗚呼、愛してるよ……

何処かで愛しい人をこの手に触れることなく、儚い命が散った。
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