◆NOVEL◆
□【ama-oto】
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季節は秋も終盤。
手は悴み、肩を竦めながら歩く。
雪が降ってもおかしくない気温になり、無意識のうちに吐いた白い溜め息は煙草の煙と共に灰色の空に消えた。
もう…いつからだろうか。
知らぬうちに紅を目で追うようになってしまったのは…。
気が付けば紅を探し、その行為に気付いてはどこか腑に落ちない気持ちで煙草を吸い何事もなかったかのように視線を外す。
そんな行動を…
もうどれくらい続けていたのだろう。
「あ、居た。なにやってんの?」
「…別に」
「寒くねぇの?」
「寒いに決まってんだろ」
「…んじゃ中入れば?」
この寒さの中で野宿は厳しい。
日中に太陽が出ていても微かに暖かさを感じる程度で、本格的に冬支度をしなくてはいけない時期だろう。
夕方4時前に空は薄暗くなり、気温も一気に下がる。
急いで着いた町の宿。
夕飯を済ませた俺は煙草を一本銜えて裏庭のベンチに腰掛けた。
考えることも思うことも何も無い。
ただ紅がウザくて。
アイツと同室になったのは運の悪さなのだろうか。
それとも八戒の計らいなのだろうか。
「風呂」
「…あ?」
「先に入ればって」
「…あぁ」
ベンチから立ち上がり踵を返す。
地面を睨み付けたままポケットに手を突っ込み、ヤツの脇を通りすぎた。
すれ違って数歩。
「……なぁ」
突然、背中にかけられた声にピタリと足を止めて振り返ると、俺と同じ様にポケットに手を突っ込んだままで紅の頭が空を見上げていた。
「…雨、降るな」
「…知るか」
悟浄の問い掛けに数秒の間を置いて返した俺の声と言葉は酷く冷たいもので。
その場にヤツを残して部屋へと向かった。
全身が震えるような寒さの中で外に居た為、芯まで冷えてしまった体を温めるべく足早に風呂場へと向かう。
冷えた体と疲れた体を休ませる為、ゆったりと湯に浸かろうと思い、湯を張ることに決めた。
「………馬鹿か、アイツ」
思わず苦笑が漏れた。
浴室のドアを開ければもうもうとした温かな湯気が頬を包み込む。
「頼んでねぇよ…」
また苦笑を漏らせば早々に衣類を脱ぎ、ヤツが貯めた湯に浸かった。
ちゃぷん。
直ぐにのぼせてしまわぬように設定した俺の為の温度。
長くゆっくり浸かっていられるようにと気遣ったアイツの優しさ…だと思う。
口元まで湯に沈めて目を閉じた。
アイツは…
悟浄は、何故優しい…?
誰にでも優しいのは知っている。
俺にだけ優しいと都合の良い解釈をするのは間違えだろうか。
考えても無意味な思考が頭を駆け巡る。
「…ふん、馬鹿なのは俺か…?」
考えることも思うことも何も無い、はず。