◆NOVEL◆

□【アマノガワ】
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今日は7月7日。
織姫と彦星が年に一度だけ逢える日だそーで、星を見に連れてって下さいと直々に八戒から電話が来たのは二時間前の話。
ちょうど仕事を終え、帰宅して愛車から降りた時に携帯電話が鳴った。


「で、野郎二人で星見んの?」
「誰かと違ってロマンチストなんですから早く迎えに来て下さい」
「…へーい」


俺と八戒は付き合っている。
恋人という関係になってから半年が過ぎ、お互いのマンションにお互いに行き来するようになるが八戒は俺に甘え、マンションまで俺が足を運ぶ事が多い。
その理由は明解。
俺には愛車があるから。




元々チャラチャラとしていた悟浄は、車もなけれりゃナンパしてもダセェ…だそうで、学生時代にコツコツ貯めたバイト代を頭金に黒塗りフルスモークのセダンを購入。

なんだかんだ、八戒も悟浄には甘い。
女遊びに夢中になってた悟浄を夢中にさせた張本人。
楽しそうに毎日悪友とつるんでは女を引っかける悟浄を街中で見かけた八戒は瞬時に寂しいのだろう…と思ったと言う。

ナンパしてセックスして、その場凌ぎの快楽に身を委ねて生きるなんて、本当に楽しくてしてる訳じゃないだろう…と思ったと言う。


日付は七夕ということもあり、助手席に八戒を乗せた車は易々と渋滞に嵌まる…と見せかけて実は地図で抜け道を探しておいて良かった。
迷路の街じゃ二人はこんなにも色褪せる。
世のカップル達はみな同じことを考えているのだろう。
…ということは渋滞している車に乗ったヤツ等が目指すのはおそらくこの先にある丘。

わざわざごった返した場所に行くことねえな。
俺は抜け道から比較的穴場な防波堤を目指した。



「……八戒」

助手席で静かに微笑んで座る八戒の名前を呼んだ。
目的地に到着するまであと5分。

「なんです?」

嬉しそうに俺の顔を見る八戒に違和感だらけだ。
名前を呼んでから言葉を口に出せないそんな俺を悟ってか八戒が徐に口を開く。

「…貴方が不思議に思ってるのは、何故僕が嬉しそうなのかって事ですよね?」
「…今日はお前、泣いてると思ったんだよ」


何を隠そう、今日は八戒が過去に愛した双子の姉、花喃の命日。
軽く明かされた八戒の過去を忘れることもなく今日まで過ごして来た。


「過去は過去です」
「…そんなすっぱり行くもんかね?」
「確かに四年前の今日に花喃は亡くなりましたが、今は貴方が居ます」

貴方と星が見たいんです、と煙草をふかす俺の横顔に語りかける八戒にツキンと胸が軋んだ。











「うわ…すげ」
「綺麗ですね…」
「目の前ぜーんぶ星で変な感じ」
「降ってきそうですか?」
「いんや、落ちそ…星空に」

「僕は…吸い込まれそうです」




防波堤で寝そべりながら八戒の手を自分のポケットに入れて思わずギュッと握り締めた。

八戒は…何を見ているんだろう。
目の前に広がる壮大な光景を見ていても…見ていない。
…見えていない。


「八戒」
「…はい」
「……っ…八戒…」


なぁ、八戒。
来年の今頃には俺たちはどうしているんだろうな。
俺の傍に居るのか?
変わらずに俺の隣でいつもの優しい笑顔を見せてくれているのか?


夜空いっぱいに流れる天の川。
流れ星を見つけても、叶わない願いは星屑になってあの川に流れて行く。
流されて逝く。

七月の夜空に八戒は吸い込まれる。
瞬きもしないで遠くを見つめたまま。


「…馬鹿なこと、考えてんじゃねえだろうな…」
「馬鹿なこと…ですか?」
「死ぬとか…考えてねえだろうな…?」


繋いだ手に力が入りすぎて八戒の手が不自然な形に歪む。


「…ぃ、たい…悟浄っ…」


もう二度と逢えないなら、いっそ自由なのか…そんなこと俺は考えねぇ…。


「お前は生きるんだよ…俺と…っ」



八戒が本当に想ってるのは片割れであり恋人だった花喃。

どうしようもない。
でも…それでも俺は、八戒が俺を見てくれるまで待つ。

「俺を見てくれよ、八戒……頼むから…」





無言の圧力に耐えられなかった。







「…もう、俺からは電話、しねえから…」











―――この日を境に俺と八戒は連絡を取らなくなった。
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