過去拍手部屋

□喧嘩
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 立海大学附属中学校、テニス部部室。
 室内には、どことなく重苦しい空気が満ちていた。
 原因は、先程から険悪な空気を生み出しているD1ペア。
…といっても、険悪な空気を作り出しているのは一人だけで、もう一人は何とかこの状態を打破しようという努力はしているのだが。

「…なあ、柳生、一時間目の授業って何じゃったっけ?」
「私と仁王くんではクラスが違いますから、私に聞いても無意味でしょう」
 仁王が極めて明るく、軽い調子で話しかけても、柳生は冷静を通り越した冷たい口調。
 仁王に向ける目も仁王を射抜くようだ。
 しかも、柳生が冷たい態度を取るのは仁王に対する時だけ。
 現に、
「おっはよーございまーす!!」
と元気よく部室に飛び込んできた後輩、切原赤也には、
「おはようございます、切原くん。遅刻はいけませんよ」
と、先程の仁王に対する表情と一転して、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。
 普段の、“紳士”と呼ばれる彼の態度からは想像もつかない異常な様子に、他のレギュラーメンバーは遠巻きに見ている状態だ。

 それでも仁王は怯まず何とか会話を続けようと試みる。
「や、古文に宿題出とっての、ノート貸してもらおと思って…」
「宿題というものは家で自分の力でやる勉強という意味なのですよ? 知ってましたか?」
 間髪入れずに返される答え。
 そのあまりの冷たさに、部室内の体感温度が5℃は下がった。

「あ…あのー…柳生先輩?」
 二人のやり取りにいたたまれなくなった切原が、おずおずと柳生に声をかけた。
「何ですか? 切原くん」
 自分に向けられたいつもの穏やかな声に安心した切原は、頭に浮かんだ疑問を正直に口に出した。

「仁王先輩と、なんかケンカとかしてるんすか?」

 その瞬間、部内の空気が凍りつき、丸井とジャッカルは後輩に「バカッ!」と非難する目を向けた。

「何を言っているのですか切原くん。私達は喧嘩などしていませんよ?」
 にっこりと笑って答える柳生はあまりにも完璧な微笑を浮かべていて、周りから見ればそれが逆に怖かった。

「え、でも…っ」
 なおも食い下がろうとする切原の口を、ジャッカルがふさいだ。
 そのまま丸井と二人がかりで部室の隅、柳生と最も遠い位置に引きずってゆく。

(バカ! 何やってんだよ!!)
(先輩達こそ! 何するんすか!!)
(これ以上柳生が怒ったら怖えだろうが! 余計なことすんなこのバカ也!!)

「……?」
 柳生はその様子を首をかしげて見ていたが、やがて着替え終わって部室から出ていった。
 それを仁王も慌てて追いかけていく。

「で、何で柳生先輩、仁王先輩にだけあんなに冷たいんすか?」
 当事者がいなくなったので、気兼ねなく尋ねる切原。
「…いやー、それがよ…」
 口ごもるジャッカル。
「柳生に妹がいるのは知ってるよな?」
「…あ、そういえば」
 まだ小学校に行くか行かないかの、年の離れた妹がいると、以前部員で兄弟の話をしていた時に話していた。
 あまり感情を表にださない先輩だが、妹について話す時は嬉しそうに頬の筋肉を緩めていたことを覚えている。
 だがそれと柳生の態度と、何の関係があるのか。
「で、昨日バレンタインだっただろい?」
「はあ」
「それでよ、前の日曜に、柳生の妹が遊びにきた仁王にバレンタインチョコあげたらしいんだよ」
「え……」
そ れを聞いて、微妙な表情になる切原。

「…じゃ…柳生先輩…それで仁王先輩に怒ってるんすか…?」

切原がちらりと外の様子を窺うと、相変わらず 冷たい態度を取り続ける柳生に、仁王が頭を抱えているのが見えた。

「…柳生がシスコンの可能性、94パーセント…」
 柳が、ノートに何かを書き込みながら呟いた。

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