君とお揃いの晩夏
□9
1ページ/1ページ
※若干Zero内容
――枯捺。何処かで聞いたことのある名前だ、と真っ先に思った。それに誰かに似ていた。私は、誰だろうと考えた。
―「…桜ちゃん…枯捺……眞衣……っ!」
ああ、思い出した。
あの時の、あの人の呼んでた名前だ。
君とお揃いの晩夏 9
「――……ふぁぁあ」
朝から盛大な欠伸だと思う。
でも朝はこう背伸びしないと落ち着かない。小さい頃からの日課だ。
……でも私が6歳の時は違った。普通にお父さんが起こしに来てくれたし……。お父さんに抱きつくのが好きだったなあ。
「……と、今何時だろ?」
今日は休み。
でも、凛ちゃんに衛宮くんの家に行くように言われた日だ。
さすがに凛ちゃんが提案した日には行けなかったけど、休みの日からお母さんが了承してくれた!
―うっ、今から緊張してきた……!
こういう時には息を吸えば良いんだよね?……あ、私ラマーズ方しか知らないかも。
「枯捺、おはようございます」
「うん? あ、おはようエージェント」
緊張と無縁のエージェントが現れた。布団から出ながらエージェントを見上げると、なんだか浮かない顔をしている。はて、何があったのだろう。
「……エージェント?」
「はい?」
「……なんでもない」
聞きづらい。なんか聞きづらい。
私は内心ため息をつきながら起き上がり、豪快にパジャマを脱ぎ捨てた。いつもの私服に手を伸ばし、すっぽりと顔を通す。短パンを履き、髪を整え、扉に手を伸ばす。……このとき既にエージェントは霊体化していない。
○
「あら、今日は早いのね」
「うん、今日は友だちの所に行くから!」
「ふふ、そうなの」
笑いながらお母さんはハーブティーを煎れる。私は家族写真の立てられているすぐそばに座り、お父さんに、行ってきます、と小声で挨拶した。
「それにしても熱心ね。勉強をしに長期間友だちの家に泊まるなんて」
「い、いやー、まあね」
お母さんごめんなさい。勉強なんてあんまりしません。私、聖杯戦争っていう謎の戦いしてくるんです。
「……怪我だけは、しないように」
「んぶ?」
トーストを口に含んだ途端、お母さんが寂しげに呟いた。そっか、お父さんも外泊中に死んだんだよね……。
「しないよ、当たり前!」
「……そう?」
笑いながらお母さんに言えば、母は困ったように笑い、分かったわ、と答えた。これ以上ここに居たらぼろが出そうだ!
そろそろだし、出よっかなー。
「じゃあ、お母さん。私支度してくるね!」
「ええ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
「…………、そこに居るのは、エージェント、ですか?」
「……はい、その通りでございます。マスター雁夜の伴侶、眞衣」
眞衣は静かに首を振る。言わないでと意味を込め。エージェントは口を一文字に紡ぎ、眞衣を見ていた。
「雁夜には魔術師としての素質はあったもの。そうよね、あの子にあっても不思議じゃないわ……」
「……」
「お願い、エージェント」
眞衣がエージェントの方へ向き直る。その顔には、苦々しいものが浮かんでいる。
「あの子を、護ってやってね」
たった一度。
たった一度だけ、望んだことがある。マスター雁夜のサーヴァントになれたら、と。バーサーカーほど強くはないが、せめて彼の守りたい物くらい守れただろうに。
痛みに耐えながら必死に他者を思い、憎む雁夜。
守りたいものがある人は、強く、美しく、そして――儚かった。