君とお揃いの晩夏
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―遠坂のやつ遠坂のやつ遠坂のやつ!
衛宮士郎は真っ赤な顔を冷ますように力強く進む。ぐぐぐ、と若干唸りながら、士郎は一目散に近くのスーパーに急ぐ。
―誰が……、誰がッ!
「誰が夜這いするかよ……っ!」
君とお揃いの晩夏 13
「……あれ、枯捺、先輩?」
「?」
暇で暇で机に突っ伏していると、ふいに誰かに声をかけられた。少し目を閉じてたせいもあって、最初はぼやーっとしか見えなかった。徐々に見えてくる、少女。
「……あ、桜ちゃん!」
「お、お久しぶりです先輩。……あの、なんで此処に?」
不思議そうに桜ちゃんが首を傾げる。あ、誰も桜ちゃんに教えてなか……あれ、むしろなんで桜ちゃんが?ん?実は士郎とただれた関係!?………………は、ないか。
「私ね、今日からここにお世話になるんだ。えっと……桜ちゃんは?」
「私は、いつもここに来るんです。そうですか、枯捺先輩も今日からここに住むんですか……」
桜ちゃんが複雑な眼差しを向ける。悔しいような、悲しいような、哀れむような、なんとも言えない眼差し。それに少し、距離も感じる。なんでだろ?
「……あの、先輩……、衛宮先輩は?」
「士郎? 士郎は買い出しだよ」
「そうですか。……あの、枯捺先輩」
桜ちゃんが遠慮がちに声をかけてくる。そこまで畏まらなくてもいいのに!
「先輩、カッコいいですよね」
ここで「ワタシカッコヨクナイヨ!」なんて叫んだらまさにエア・ブレイカーだよ。いや、空気読めないのカッコいい呼び方。
多分、士郎のことなんだろう。桜ちゃん、ちょっと頬赤いし。
「うん、カッコいいよね!」
「料理もできて気配りも上手で……、あこがれますよね」
確かに料理も凄く上手い。と、思う。だってリクエストを唱えてきたんだら、ね?
憧れかあ。私は年がら年中絶賛片思い中だからなあ。憧れ、に近いのかな?
「あ、そういえば、桜ちゃん」
「はい?」
「えっと……私じゃないけど、もう1人此処に住むんだよ。一応、報告しとくね!」
「? はい?」
晩御飯時にエージェントが居ることに驚かれたら元も子もない。あれを同居人に言うのかどうかは、不明だけど。
○
手を前に出す。
手首に数ミリ程度の僅かな切り傷。外気に触れ、ほんのり痛みが神経を撫でる。
エージェントは衛宮家の屋根の上で意識を研ぎ澄ました。息を吸い、吐き出す。
「……」
サーヴァントの居場所は、うっすらながら分かる。肝心なところはと問いかけられたら、疑問符が浮かぶ程度の曖昧なものだが、確実に残りを見つけれる。……アサシン以外は。
―こことあそことそこと……。アインツベルンの森にも、いる?
禍々しいオーラ。意識を集中しようとするだけで殺されそうだ。
エージェントは閉じていた目蓋をうっすらと開き、はあ、とため息を零す。
―可能性は、イリヤスフィール様くらい。
高貴な娘を思い出す。周りより成長は遅れてはいるものの、確か18歳くらいのはずだ。エージェントは苦笑する。
「本当に、魔術師はどろどろしてますね、マスター切嗣……」
風に流されるように言葉は虚空を舞う。忘れていたはずの胸の痛みがぶり返す。
―聖杯戦争は、しなくてはならないのだろうか。……平和を、平穏を貪りたい。
エージェントは門の方から沢山の手荷物を持つ衛宮士郎を見ながら、ふとそんなことを思った。
傾きだした天秤は、果たして勝利が敗北か。――どちらにしても、失うのだが。
○
「……この気配は、?」
ワイングラスを傾けながら男が呟く。薄暗い空間に、妖艶な金髪が浮かび上がり、瞳は燃えるように辺りの空気を絞め殺す。
男は愉快そうにくつくつ笑みをこぼす。
「ふむ、ようやくまた会えるのか。我を待たせるとは、罪が重いぞ――、雑種」
傾きだした天秤は、果たして――。