君とお揃いの晩夏

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 大気が震える。 否、正確には霊脈を震わしている。
 彼(か)の者は、メソポタミアのシュメール初期王朝時代のウルク第一王朝の偉大なる王であった。在位127年。後にウルクの城壁を築き上げ、バビロン第一王朝にまで引き合わされた。
 英雄の中の英雄――。多くの者がそう賞賛する。
 この世のものと思えぬ美しい金色の髪は彼を神格化させ、血のように濃い瞳は畏怖の対象となった。そして彼は――4000年たった今も、人々の記憶の箪笥にその名を刻む。
 彼こそが――ギルガメッシュ。最古の英雄だ。



君とお揃いの晩夏 15
〜金色異端篇




 英霊にはそのものの偉大さを現す宝具がある。例えばギルガメッシュ。彼は世界が一つであった時に手に入れた宝具の原典、「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」がある。
 セイバーには「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」がある。

 しかし、エージェントには英雄としての宝具がない。彼女は特殊な英霊であるが故なのだろうか。

 彼女は、“塊”であった。故に多くを知り、故に多くを犠牲にした。


――「ふん、雑種風情が」


 ああ、まさにその通りだとエージェントは思った。
 “塊”としての彼女は特定の名前がない。古代メソポタミアから現代まで、それらがエージェントの生きた時代だ。

 そんな多くの不純物でできたエージェントにも、宝具のようなものは、一応あるのだ。それは理想と桃源郷を掛け合わせた、酷く儚いものだった。







「……こんな英霊いるんでしょうか」


 エージェントには思わずそう口走った。
 朝早く、士郎と凛とマスターの枯捺が学校に出掛け、セイバーはセイバーで修行だとどこかに行ってしまった。致し方なく、といった様子で海まで来て、思わずため息を吐き出した。
 アロハシャツに身を包み、傍らに酒のつまみを置いた釣り人。道行く人は気にも留めないが、誰が想像しようか。彼がかつて名を轟かした偉大な英雄であることを。

 エージェントの言葉に、英霊は笑う。


「んだよ、俺はこーいう奴なんだから、気にすんなって」

「いえ、そういう問題では……」


 問題はアロハシャツのデザインだ。何故それをチョイスしたんだと言わんばかりにエージェントはランサーを見やる。


「まあまあ、小言ばっかじゃモテねぇぜ?」

「今すぐ消し炭になりますか?」

「ははは! やれるもんならな!」


 ランサーは愉快そうに笑いながら竿を引く。立派な鯛が空中をもどかしそうに泳ぐ。


「やり、三匹目!」

「……楽しそうですね」


 はあ、と再度ため息をこぼしエージェントはランサーの横に腰掛けた。潮風がちょうど良い。
 ランサーはバケツの中に鯛を突っ込み、口から針を取り出し、餌をつけ、再び海に放った。

 
「かなり楽しいぜ」

「それにかっこいいですね」

「かっこ……!」


 ランサーは慌ててエージェントを見た。不思議そうにエージェントはランサーを見やる。その顔は、湯が沸かせそうなほど真っ赤だった。


「あっ……当たり前だろ!」

「まあ、センスは二の次ということで……」

「ん? なんだって?」

「いえ、お気になさらず」


 小言で微妙なセンス、と呟きランサーと共に海を眺めた。白い鴎が青い空によく映える。


「……あのよ」


 ランサーがふいに声を発する。


「お前も、その……………………」

「……?」

「…………か、可愛いからな」


 不思議と嬉しさがこみ上げる。
 ランサーはしどろもどろと言葉を綴ると、そのまま竿から姿勢を逸らさない。

 エージェントはふっと笑い、そのまま空を見上げた。


―少し前からギルガメッシュのことばかりで頭が痛かったからかな……。息抜きも、大事だな。


 黄金の甲冑を纏う英霊を脳内から払うように、エージェントはそっとかぶりを振った。


 

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