テニプリ
□【真っ赤になる】
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うう、汗でべとべとー。わいも、もうあかんわー。
季節は初夏、蛙が恵みを呼び寄せ夜通し泣き続ける時期となった。蝉の音色は未だ皆無だが、身体に張り付くワイシャツと跳ね上がった髪の毛が、梅雨の訪れを感じさせた。
遠山金太郎と夕雅菜摘は己が本能の導くままに水分でのどを潤す。乾燥していくわけではないが、水分は喉に染み渡り幸せな一時を知らせた。
「はあ、…アホ財前は元気だなぁ」
「謙也も白石も健ちゃんも銀も千歳も小春もユウジも、なんであないに動けるんや」
「そりゃあ…慣れじゃない?」
「せやろか?」
金太郎は菜摘の言葉に訝しげに首を傾げる。わいらの耐久性がめっちゃ低いだけとちゃう?そう開口しようとした矢先に、弾丸にも似た球が金太郎と菜摘の横を通り過ぎる。
「真面目にやらんか、どアホ!」
「謙也が来た!うわあ、ゴンタクレ!鬼!」
「いちびんなや、どアホども!」
調子に乗るなと忍足謙也が声を荒げる。暑さとじめつく空気のせいだろう、いつもよりキツい球ばかりお見舞いしてくる。その内分身し出すのではないか、さすがの菜摘も球をラケットで打ち返しながらあわあわ慌てた。
まあ、まあ。
そんな謙也の肩を部長の白石蔵ノ介が叩く。
「暑さで苛々すんのも分かるけど、八つ当たりはあかんで」
「いや、八つ当たりじゃ」
「……謙也?」
さすが妹弟子に当たる菜摘を贔屓にしている白石や。謙也はそう思わずにはいられなかった。一瞬だけ腹の中が真っ黒な他校生を脳内に過ぎらせ、瞬時に消した。いや、消えてしまったの方が正しいだろう。
うわあ、謙也汗臭。
すんすんと間近で匂いを嗅ぐ不届き者が目に入ったからだ。おま、やめ。白石を横目で見れば、案の定怒ったような表情をしている。それは恋しているから、ではなく、家の前で愛娘が男と会っている現場を目の当たりにする父親の表情に等しかった。
「うう、ファブリーズいる?」
「何でファブリーズやねん!」
「えいや、気分」
ラケットをくるりと半回させ手に取る行為を繰り返しながら、菜摘は謙也と白石を交互に見つめる。
……プールに入るの?
どうやったらその発想に至るのか謙也は不思議でたまらなかった。
「ちゃうよ、菜摘。プールはないで」
「夏の醍醐味だよ、プール」
「そら夏の醍醐味やけどな……まだ初夏やからな」
「汗ベタ謙也いや」
「お前も汗ベタっちゅー話や」
謙也意味不明。菜摘が真顔でそういえば、謙也は怒気を飛ばす。余計な世話や!売り言葉に買い言葉の二人を白石が諌(いさ)める。部長として夏の暑さにやられる2人を、ある程度優しく強制力のある制止の声をあげる。
やめんか。ぴしゃりと謙也と菜摘の動きが止まる。
「……あ、白石先輩って、汗掻いてないよね」
「うん?まあ、心頭滅却すれば火もまた涼し言うしなあ」
興味を孕んだ後輩の声色に白石は上機嫌に答える。菜摘の長所やな、このコロリと空気を直ぐに変えるのは。半ば惚れ惚れと、半ば冷ややかに後輩の長所を誉める謙也は、白石と菜摘を静かに見守る。
「だからなんだ」
菜摘の言葉に白石と謙也は小首を傾げる。唐突にそれでいて確かな確証に安寧する菜摘は、さらに言葉を続ける。
「白石先輩って、すっごく良い匂いがするもの」
「っえ」
「謙也の比じゃないくらい!」
ついでだと言わんばかりに菜摘は謙也にテニスの球をお見舞いする。あこら、待てゴンタクレ!やーだよーう、謙也のバーカ!
季節は初夏。じわじわと肌を舐める湿気の感覚が嫌になる。頬は暑さにより上気し、汗は噴き出るばかりだ。
だのに。白石はその頬をラケットで隠すように伏せる。暑さにやられたからでは、ないだろう。
――――
どうにも梅雨は嫌いです。四天宝寺オールスターでやりたかったけど、思いのほか財前が怖くなり却下。健が空気過ぎて却下。漫才コンビが夫婦すぎて却下…。却下って怖いね。
130601