テニプリ
□アイス、アイス、アイス
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「っふ!」
「よっ」
「はっ」
「とりゃ!」
「っは!」
ポコンと地面を地面を抉らんばかりの勢いのテニスボールがコートを走る。コートを走らせている主である財前光と夕雅菜摘はボールとは逆に舞うように駆け巡る。身体を反らし放つ弾丸(ボール)は、相手のラケットを軋ませる。
「……なんばしよっと、あれ」
「勝負らしいわ、あれ」
「勝負って……」
千歳千里が小石川健二郎の言葉を聞き、嘘だと言わんばかりに得点板を見つめる。得点ついてなかよ。千歳の言葉に小石川は苦笑する。
ラリーを続ける勝負だよ。ラリー?
小石川の言うことを理解し、千歳は再びコートを見つめ返す。ラリーを続けているなら分かる、が、どうして2人ともあそこまで疲れきった表情をしているのだろうか。不思議でたまらない。
「何時からしよっと」
「休憩前からやから……三十分くらいやろか?」
三十分間も!?さすがの千歳もあんぐりと口をだらしなく開けた。三十分間もただただラリーを続けるのは疲れるどころの話ではない。スピードスターの異名を持つ忍足謙也ならたまらず分身してすぐ試合を終わらせようとするだろう。それを、三十分間。
どっちが有利ばい。
千歳の言葉に小石川はコートを舞う2人を見つめる。
「どっちもどっちやろ」
「……それは、凄いたい」
一年である菜摘が財前と同格に戦えていることが、千歳には有り得ない光景に思えたのだ。それもそのはずだ、菜摘は女の子で、それに比例してスタミナも周囲に比べ少ない。ラリーを続けるのは一番苦手としているはずだ。それを、三十分間。娘の成長に感涙する母親の気持ちを、このとき千歳は肌身で感じていた。
なにが、菜摘を頑張らせとうと?
千歳の言葉に、小石川は微妙な表情をする。
「…なんば聞いたら答えにくか事と?」
「いや、そんなんやないで。俺もよう分からんのや」
「ふうん」
いつも口論する2人だ。きっと口論で埒のあかない事を解決するため、ラリー勝負をしているのだろう。そんな千歳の視線で、ボールが二度コートを跳ねた。へにゃりとへたり込むのは、菜摘だ。
「ざっ、いぜ、負け、はぁぁぁぁ…」
「なんや、珍しゅう悔しがっとるやないか、ドチビ」
「う、さっ、なんで、平気な、顔」
「菜摘のスタミナが少なすぎるだけや」
けろりとした表情を見せる財前と、悔しそうに肩で息をする菜摘。仕方ないな、と財前は肩を竦ませ菜摘のもとまで歩いていく。ラケットの持っていない方の手で菜摘の肩を掴み、これまた軽々と持ち上げた。
軽いわ、お前。
財前は悪びれた様子もなく、再び「せやからドチビなんやな」と1人納得する表情を見せる。
「うっざぁ、財ぜ、うざ」
「そんなことより、約束忘れてへんやろな」
財前はいたずらっ子のように眉尻を上げ、菜摘にだけ聞こえる声で告げる。
アイス、奢れや。
うう、約束は約束だ。諦めたようにため息をこぼす菜摘はラケットを杖のように地面につき、バランスを保とうとする。
「ほんと、意地悪。手加減しないなんて」
「手加減?なに言うとんや」
財前はどんなアイスにしようか思考しながら、菜摘の目を見つめる。それは強敵を見つめる眼差しに似ており、菜摘は僅かに肩を跳ね上げる。財前はラケットを肩に乗せ、菜摘に肩を貸したまま歩き出す。
「ライバルに、そんなことするほど俺は馬鹿やないで」
――――
きっと善哉アイスだろう。
130610