テニプリ

□笑顔の化粧水
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 うわんうわんと年甲斐もなく泣く私の背中を、小春ちゃんが優しく撫でてくれる。
 どぉしたん、ほら、言ってみ?
 小春ちゃんは優しく問いかけるが、私は喉仏を上下にしゃくりあげて言葉を紡げずにいる。ごめ、ごめな、こは。ようやく出てきた言葉は文字というより寂しさに紛れた羅列のようだった。それでも、小春ちゃんは頷き私の言葉を一文字ずつなぞる。


「どこ痛いん?」

「ひっく、う、え、ひっ」

「ほら、言わんでも大丈夫やで。胸さん押さえて聞いてみ。痛いんどこ?」


 小春ちゃんの無骨な指先が、私の豆だらけの掌を滑る。ようやく喉が正常に作動しだし、私はたまらず胸を握りしめる。それは聞くからではなく、痛いからだ。


「胸さん痛いん?」

「うっ、ん」

「……喧嘩でもしたんやろ?」


 まさにその通りで、私は涙のダムが再び溜まり始めたのをぼんやり感じていた。
 誰としたん?
 私が喧嘩する人物など限られているはずなのに、私は涙をジャージの袖で拭いながら喧嘩した人物を思い返す。


「け、んや……」

「悪いんは、どっちや」

「……わたっ、私が、ちょっか、い、出した」

「今日は謙也苛立っとったからなぁ……タイミングが悪かったんやな」


 見つめた背中をいつも通り叩いたら、物凄く怒られたのだ。痛いんじゃ、ボケ!たった一言に傷付いた私は、涙がこぼれ落ちた床に視線を落とす。小春ちゃんの顔が見れない。怒ってたらどうしよう、呆れてたらどうしよう。どうしよう続けの私の頬を、小春ちゃんは撫でてくれた。


「どっちが悪いとか言わへんで」

「ふっ、うん…」

「ただな、菜摘を泣かすなんて、謙也も罪づくりな奴や」

「え…?」

「ほら、笑(わろ)うて笑うて」


 頬をつまみ上げられ、私は痛いって力なく抵抗した。小春ちゃんは困ったように笑い、両手の人差し指を唇の両端に上げ、ゆっくり微笑んだ。
 ほら、菜摘には笑顔が一番やわ。
 傷付いた心に甘いエタノールが染み込む。小春ちゃんは立ち上がり、今度は私を抱き締めてくれた。背の小さな私は小春ちゃんの胸板に鼻骨を強打してしまった。


「ほら、もう一泣き」

「…なんで?」

「なんでって、そらもちろん、涙枯らして、そっから謙也に謝りに行かな、な?」


 ぶわり。涙のダムは無情にも決壊する。うるさいうるさい。言われなくても、謝りに行くもん。言いたい言葉はシナプスのように、現れ消えていく。力いっぱい抱き付き先ほどより大きく泣き叫ぶ。
 だって謙也が。怒らなくたって。ひどい、ひどい。ぼろぼろ小春ちゃんの服に涙が染み込んでいく。


「うんうん」


 小春ちゃんはそんなこと気にしないで、継ぎ接ぎだらけの私の言葉に頷いてくれる。やだわぁ、ほんま謙也意地悪やなあ。今だけ味方の小春ちゃんにめいっぱい泣きつく。お母さんみたいだ。お兄ちゃんと喧嘩した私を静かに見守るお母さんみたいな包容力に。


「……もうええの?」

「うん……大丈夫!」


 ようやく涙を枯らすことに成功したのは、部活が既に始まってから三十分経ってからだ。久々に泣いた気がする。小春ちゃんにありがとうなんて言えば、小春ちゃんは困ったように肩をすくめる。


「菜摘が笑顔になれたから、なあーんも気にせんでええんやで」

「でも」

「ほら、早よう部活行かな。謙也に謝るだけやなくて、白石にも謝らないけんようなるよ?」

「えっ、や、やだ!小春ちゃん、目腫れてないかな?大丈夫かな!?」

「大丈夫大丈夫」


 小春ちゃんは優しく笑い、歩き出す。私は小春ちゃんの横に立ち、小春ちゃんを見上げる。


「笑顔っていうお化粧さんしとんやから、べっぴんやで、菜摘」


 ……違う気するけど、いっか。青空が目に染み、また涙が出てきたのは言わないでおこう。


――――
オチとしては、白石が謙也をボッコボコにしてたら最高だよね。
小春が予想外にお母さんになった。似合うわ、小春。

130610

 

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