テニプリ
□義妹カウントダウン
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裕太。何時になったら菜摘は僕の義妹になるんだい?
口の中に入っていた貴重な食材が、まるで肺に入ったかのような感覚に陥った。裕太は何度か咳き込み、真っ赤な顔で目の前で涼しい顔をする実の兄を睨みつけた。
「そ、んな、んじゃねえ!」
「ん?裕太、何を慌ててるんだい。僕は単にいつ付き合うのか聞いているだけで」
「だからっ、そんな関係じゃねえよ!」
裕太の真っ赤な顔は、不二周助の笑顔の前で不透明に光るだけだ。裕太はちらりと背後を見やる。四天宝寺の突き刺さらんばかりの眼差しは、裕太の膵臓を突き破らん勢いで。ため息しか出てこない。
「菜摘なら歓迎なんだけどね」
「は?」
「君のお嫁さんにだよ。不二菜摘なんて名前も、まるで生まれた瞬間から決められたみたいにピッタリだし」
誰だ。不二裕太は眉尻を何度か上下させた。突き刺さる嫉妬の眼差しより、目の前の血を分けた兄弟の暴走もまた気になる。
「兄貴。俺たちまだ中学一年生と二年生でだな」
「ああ、分かってるよ。まだ婚約の段階になるね」
「良い外科を教えてやろうか!?」
「ふふ。裕太、この場合は脳外科だよ」
「知らねえし!」
自分の知らぬうちに兄が遠い存在になってしまったみたいだ。
裕太は何度か分からないため息を吐き出せば、不二周助は人の良い笑顔を裕太に向ける。
つまり、逃げるなってこと。
何に、などと野暮は言うまい。裕太だって分かっているのだ。分かってないのは、菜摘だけ。好意に気付かない鈍感テニス馬鹿に、一歩踏み出して言わなければならない言葉がある。でも、言いたくない。怖いのだ。とてつもなく、怖ろしいのだ。一歩踏み出すのが。
「……?あれ、2人ともまだ居たんだ。って、珍しいなあ」
裕太の背後から現れたのは、先ほどまで話題に出ていた菜摘だ。
んな、な、なん、おま!
不二裕太の訳の分からない言葉の羅列に、菜摘は小首を傾げるばかりだ。そんな弟の初々しい姿が可笑しいのか、不二周助は喉を軽快に鳴らした。
「ふふ、菜摘はどうして居るんだい?」
「オサムちゃん……えっと、四天宝寺の監督のお手伝いしてたから」
「へえ。頑張ってるんだね」
「いやぁ…青学にいるお姉ちゃんの方が圧倒的に凄いし、頑張ってると思うんだけどな……。ありがとう、周助さん」
「お義兄さん、でも良いよ」
「…………ん?」
「わっ、ばっ、兄貴!」
不二周助の暴走に裕太はたまらず身を乗り出した。また、四天宝寺の保護者群の視線が突き刺さる。
周助さんは、お兄ちゃんだよ。子どもの頃お世話になったし、兄弟姉妹同然だって思ってたんだけど…。
全く意味を理解していない菜摘の声は、周助から微笑みを誘った。
「無垢だね、菜摘は」
「?」
「そんな君に、僕から小さなプレゼントだよ」
プレゼント?
菜摘と裕太の声が見事に重なる。周助は笑みを絶やさず、囁きかけるように呟く。
「お義兄さんってことはね、本当の家族になってほしいんだ。……義妹として、ね」
「……ん?」
菜摘は顎に手をやりしばらく考え込む。そして、裕太の顔をのぞき込んだ。真っ赤な顔で俯く裕太に、意味が理解できないほど子どもではない菜摘は、同じように頬を染め上げた。
それからコンマ三秒もせずに、浪花のスピードスターが乱入してきたのは、また別の話。
――――
不二、って打ちたいのに打てないもどかしさ。裕太と周助って慣れませんね。
四天宝寺vs不二兄弟、ってやってみたかったんですが、なかなか難しいっすね。
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