テニプリ
□鍵盤をひっくり返せ!
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※仁王雅治視点
どうして泣いちょる。
どうして泣かんぜよ。
相反する感情が俺を支配する。痛くて堪らなく抑えた胸の奥がえずく(吐く)ように振動する。こっちが痛いなんて、馬鹿しゆる。心配なんて、馬鹿を。
「おまんは、……花みたいな姿をしちょる」
「ははあ」
菜摘は可笑しそうに眉をひそめちょるが、俺は真剣じゃった。
どこぞのヒーローみたいに、守るなんて概念はない。手折るか、手折られるか。
二者択一の世界に、菜摘は奇跡的に何の心配もなく育ってきた。姉からの愛情もあり、無垢で優しい少女に育った。テニスも亡き父親に似て、まさに文字通り飛び跳ねるようなテニスをするようになった。菜摘はそれで満足しちょるみたいじゃが、……それでは駄目じゃ。生き残れんじゃろ、これから先を。
「おまんは一体どんな先を見据えとるんじゃ」
「そんなの、…ないよ。だって未来なんて一分一秒、人生の分岐点で変わるもんなんだって。……なんだって、」
「……」
以来俯いてしまった小さな菜摘の頭を二度撫でる。おまんにしてはよくしちょる、とは言えず俺は目を伏せるばかり。悩んでいるのは菜摘ではなく、本当は。
――言葉が糸のように絡み出す。玉のように固まり、解けなくなってしまった難題を、俺はただただ無言で見つめた。そいつはペテンを成功させた俺のように、薄く嗤う。
「菜摘、おまんはさっき言ったな。人生は一分一秒変化するんじゃと」
「う?…うん」
「そして俺はその前に聞いたのが、どんな未来を見据えるか」
「うん」
「…人生が一分一秒変わるんじゃったら、未来も一分一秒変わるじゃき」
ぱちくり。目を見開き驚きの色彩に満たされた瞳の奥に、柔らかくも儚げな菜摘を垣間見た気がして。
プリッ。いひゃい!
俺は菜摘の両頬をつまみ上げ、無理やりに笑わせた。ぱたぱた、まるで蝶の羽ように手足をばたつかする菜摘に、俺は冷たくも優しい笑みで歓迎する。
「痛いじゃろ」
「あひゃりひゃえひゃひょ!ましゃひゃるのおにいひゃんのひゃは!」
「心は、そんな痛みなんて感じん」
俺の言葉に菜摘は寂しげに目を細める。何でも知ってる。そう、言葉に出したくて躊躇っている言葉も、目尻で決壊寸前のダムの意味も。
だから。
「お兄ちゃんが一緒に居てやるぜよ」
「…、」
「笑顔のおまんが、大好きじゃき」
本当に言いたかったのは、寂しいと悲しい。
涙を流さないのは、プライドと羞恥心。
未来を見据えないのは、具体的なプランがないから。
それだけ分かっていて俺が何もしなかったのは、ひとえにがむしゃらな菜摘が可愛かったからだ。
イリュージョンまで、あと。
――――
××秒のお話。
仁王は兄貴肌に違いない。と、思う。
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