短編小説
□スモーカー
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毎日数多くの書類に目を通し、パソコン画面に向き合う。肩が凝り、目が充血して痛む。そんな毎日を煙草を吸って過ごしていた。
自分ではそれ程喫煙していたとは思っていないが、傍から見ると俺が煙草を吸っているのが定着しているらしい。
格段、美味いわけではないが気付けば自然と手は煙草を握る。ストレス発散なのだろう。体に悪いのは分かっているが既に習慣化している。
「社長、最近煙草吸いませんね」
花瓶の花を変えながらふいに秘書が口を開いた。清楚な印象を受ける女性で、優秀な彼女は俺の小さな変化によく気付く。仕事柄なのだろうか。
「そうだな、禁煙中だ」
無意識のうちにペンを指で挟んでいたりするが、毎日吸うわけではなかったのだが。すでに仕事のピークは越えて普段と比べたらゆったりとしているほうだ。これだけ吸っていないのは珍しくないのに、何故禁煙に結び付けたのだろうか。
「だと思いました。お相手は煙草が苦手なんですか?」
微笑んで楽しそうに言う。女性の勘は鋭いというのは本当だったらしい。最近、拾ってきた子がいる。秘書は俺が社長になった時からずっと世話をしていて、前社長にも仕えていた。子供の頃からの付き合いで砕けた話しのできる1人だ。
「未成年だからな」
「社長、なんだか楽しそうですね」
「…ああ」
そんなに表に出ていたのか。表情を引き締めて目の前の書類を手に取る。
高校の頃に一目惚れした子供にまた運命的に出会った。向こうは気付いていなかったが、このまま過ぎたらもう会えなくなるなんて嫌だった。大事に扱いたいからこその禁煙だ。
「…きっと、良い子なんでしょうね」
デスクにお茶を置き、スケジュール確認をしている。何でもお見通しか。
「私は社長が幸せで何よりです。今日はその書類を片つけたらお終いですから、早く帰ってあげて下さい」
家に居ることすら知っているのか。女性の勘はつくづく恐ろしい。書類を受け取って、秘書は部屋を出ていく。一人になった部屋で静かにキータイプ音が響く。
ふう、と深呼吸をして椅子に凭れかかる。残り少なくなった書類を見やって呟いた。
「幸せに決まっている」
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