上から君が降ってきた。

□十二
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鳴を長宗我部の部屋に送った後、俺は一度自分の部屋に戻った。やり残した仕事を片付けるためだ。そんなに急ぐものじゃないが、気になることは早めに終わらせた方が良い。俺は机の前に座り、筆を取った。


筆を進めながら考えるのは鳴のことだ。まだ会って数日だというのに、アイツといるともう何年も前から知り合っているような感覚に陥る。初対面の時も思ったが、アイツは話し易い。ふざけた態度も取るが、話はちゃんと聞いている。ただ聞くだけじゃなく相槌を打つことも忘れないから話す方としても安心出来る。

けれども、アイツは聞くばかりではなく言いたいことはハッキリ言う性格のようだ。城に行きたくないという理由を聞いた時は、おねね様に頼まれていたこともあって内心焦った。アイツは言動や振る舞いからしても前田家の風来坊のように堅苦しいのを苦手としている。だから、秀吉様やおねね様みたいに日の本の中心にいる人物とは出来るだけ関わり合いになりたくないんだろう。その証拠に、何も言わずに秀吉様に合わせた時は緊張しているのかかなり堅くなっていた。可哀そうなくらいに、だ。

俺はアイツの困ったような顔を思い出して少し口端を上げた。

掴みにくいと思っていたが、案外そうではないのかもしれない。少なくとも、鳴は宗茂よりは分かりやすい。

そういえば、鳴は宗茂に会いたがっていたか。宴の時にでも紹介してやるとしよう。


「…清正、入るぞ」


ふいに外から声を掛けられて、俺は我に還る。随分、アイツについて考えていたなと内心気恥かしくなったが平静を装って返事をする。襖を開けたのは三成と正則だった。

三成は仏頂面、正則はいつも通りの気の高さでそれぞれ入ってくると俺の近くに腰を下ろす。二人してなんだ、と尋ねると三成は溜息を吐く。突然やってきて溜息とはなんだ。俺が眉間に皺を寄せると、何にも考えてないだろう正則が大層楽しそうな顔をして聞いてきた。

「清正!お前オンナ出来たのか!?」


筆が俺の手から滑り落ちた。書簡は汚れなかったが、机が少し黒くなる。俺は努めて冷静に筆を置き直し、正則を睨んだ。


「…お前、何言ってんだ。一体何処からそんな話」

「あ?だって城中で持ちきりだぜ?清正が珍しく女と会ってるみたいだって」

「…………、ああ、アイツか」

「お!?やっぱりオンナかっ」

「馬鹿。アイツはおねね様の恩人だ。間違っても俺の女なんかじゃない」

「…ちぇ…んだよ、つまんねー!」


正則が不貞腐れたように頬杖をつく。つまらないじゃないだろ。俺はかなり迷惑だ。鳴が俺といい仲だなんて考えられるか。第一、俺とアイツはつい数日前に会ったばかりだってのに。

俺は確かに女との浮ついた話は一切ない。興味がないわけじゃないが、そんなことより優先したいことがある。だから俺が女に会っていると知れば面白がるのは分かる。分かるが…、ああ、面倒だ。





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