戦国短編

□鎮西一も形無しか。
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「兄上様、そこにお直り下さいませ」


いきなり部屋の襖を開けるなり、妹が仁王立ちをして俺を睨んだ。俺は何故、妹が恐い顔をしているのか分からないから、とりあえずいつも通りの対応をすることにする。


「なんだ一体。入るなり仁王立ちとは恐ろしい」


「それならば少しは恐がって下さいませ」


「無理だな。お前は愛らしいから怒ってもそんなに恐くないんだ」


「肌が粟立つような言葉はお控え下さい。そのようなことはどうでもよいのです。私がお話したいのは義姉上様のことでございます」



本心から出た言葉をぴしゃりと切り捨てられた俺は大袈裟に肩を竦める。そういえば昔からコイツは自身が褒められるときつく返していたな。照れ隠しなのは分かっていたが今のは違った気がする。本気だ。おそらく。

妹が真剣に怒っていることが分かった俺は仕方なく彼女に向き直った。俺が話を聞く気になったと理解した妹も正座する。

やれやれ、またお小言か。

ギン千代のことになると妹はやけに突っ掛かってくる。どうやら彼女はギン千代を慕っているらしい。俺に会えば必ず、義姉上様はお元気でおられますか、と嬉しそうに問い掛けてくる。それがまた愛らしいものだからつい息災だと答えてしまうが、せめて俺のことも気にかけて欲しい、と最近思う。


「…聞いておられますか?」

「ああ。ギン千代は息災だ」

「……まったくもって聞いておられぬようで」


いつの間にか始まっていた話に気付かず物思いに耽っていたので、適当に答えたがやはり違ったようだ。妹は益々不機嫌になる。

ちゃんと聞くから、そんなに可愛いげのない顔をするなと言ってやると、妹はそれを流して本題に入ろうとした。まったく、容姿が容姿なだけに、こうも淡泊にこられると流石の俺も苦笑せざるを得ない。


「…半月程前、兄上様は義姉上様と遠乗りに行かれると約束されたようですね」


「ああ、そんな気もするな」


「…それなのに約束を破り、伴もつけずに町をふらつくとは…」


「伴はいたぞ。俺の愛馬が」


「人ですらないではございませぬか。…そうではなく、私が言っていただきたいのは何故遠乗りをお止めになられたのかということです」


「気が変わった。それだけさ」


「またそのような…。いつか義姉上様に愛想を尽かされてしまいますよ」


「それならそれでいいじゃないか」


「良くないから申し上げていますのに」


「何故だ?」


「…は?」


「何故ギン千代と俺が離縁したらいけないんだ?」



答えはなんとなく分かっているが、敢えて聞いてみることにしよう。俺の問い掛けに妹は当然だとでもいいたげに口を開いた。



「ギン千代様は私の義姉上様でいていただきたいからでございます」

「やはりな」

「は?」

「いや…お前は本当にギン千代を慕っているな」

「いけませんか」

「いいや、別に」

「あとは、兄上様が義姉上様と夫婦になり、少し変わられたからでしょうか」

「……変わった?俺がか?」


これには少し驚いた。俺は、澄まし顔でいる妹の目を見る。妹は俺の内面が揺れたことに気が付いたようで、くすりと笑った。


「兄上様は義姉上様とおられる時、いつもより幾分穏やかな表情をされております。」

「……そんなつもりはないんだがな」

「いいえ。私といるよりもずっと、穏やかでおられます。そして気まぐれの中に、義姉上様を想う気持ちを隠されていることも、この妹には分かります」

「……」

「遠乗りをお止めになり、町へ出たのには何か理由があるのでございましょう?」



妹の優しい笑みに俺は居心地が悪くなって視線を畳に向けた。本当にコイツには敵わない。すべてお見通しで、俺に小言を言っていたわけか。





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