上から君が降ってきた。

□二十一
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見えた銀髪は私の見間違いではなかった。馬に乗って駆けてきたのは清正で、その後ろには綺麗な顔立ちをした殿方と顔に傷のある殿方が、同じく馬に乗って参じてくれた。

はて、そのお二人は宴会で見たな。名前は知らないけれど。誰だろう、と見ていたら清正が私の姿を見つけてこちらへやってきた。

おろ?名も知らぬお二人は賊と兵とに各々向かっていったのに。君は行かなくていいのかい?と思いながら、私もずーっと刃を向けていた頭領から離れて清正に近づく。ついで、今日の挨拶をしていなかったことに気がついて、おはようと声を掛けたら無言で頭叩かれた。


「痛いよ清正、朝から叩くなんて」

「お前は馬鹿か!朝から散歩に出てどうしてこんなことに一人で首突っ込んだ!」

「いや、あの…だってさ、庭の桜の木から見降ろしたら賊がうろちょろしてたから気になって…」

「…なんだと?…おねね様自慢の庭の木に登ったのか!」

「あ、これ内緒にしようと思ってたんだった」


失言に口元を隠したら、彼は私の頬の傷に気がついたようで持っていた手ぬぐいで血を拭ってくれた。手ぬぐい汚れるよ?と言ったら黙ってろ馬鹿って睨まれた。

いや、あの、なんでそんなに怒ってるの?昨日までは馬鹿やっても冷静な口調か苦笑で馬鹿馬鹿言うだけだったじゃない。寝起きだから機嫌悪いんですかって言ったらそれは三成だろうと返された。いや、知らないけれどね。


いい加減怒られるのは嫌なので話題を変えるために、どうして此処に来たのかを尋ねた。すると、元親から話を全て聞いたらしく秀吉様に会いに行き、事情を理解してもらって賊を捕え、問題の兵に話を聞くべく、あのお二人も派遣されたようだ。

それにしても、他国の主の話を秀吉様は結構あっさり分かってくれたんだね。そう言ったら清正は馬から下ろされた兵を見ながら口を開いた。


「…祭りの準備期間中、おねね様が絡まれたりお前が襲われたりしただろ?警備は万全を期している筈なのになぜ荒くれ者が入り込んでいるのかと、秀吉様は気にされていてな。俺達も色々と情報を集めていたんだ」

「そうなんだ。じゃあ、誰が仕掛けようとしているっていうのは把握済みだったの?」

「…ある程度の目星はついていた。…だが、尻尾を掴まなきゃ意味がない。俺達は祭りの最中に事が起きるかと思って警戒していたんだが」


当てが外れたらしい、と後頭部を掻く清正にわたしは苦笑した。どうやら、私がさっき族や兵相手に長々しく語った推測は既に頭に入っているようだ。聞けば、元親が忍から得た情報で纏めた考えを秀吉様に話した時、清正も隣にいたかららしい。

主と同じ考えに至っていることに私はなんとなく笑顔になる…んだけど、捕えられている賊を見たら、ちょっと可哀想だなって気になった。

彼らは多分、大坂では盗みなんて働いていないんだろう。遠くの地域ではやってたかもしれないけど、大坂でやったなら豊臣が見逃すはずないから。結局何も盗めないまま利用されるだけ利用されちゃって捕まったんだね。オイシイ話には裏がある。これも一つの教訓也。


「…てっきり俺は、こいつらが秀吉様に敵意あるものだと思ってたんだがな」

私とは別に、兵を見続けている清正がポツリと呟く。私は彼の横顔に視線を移した。

「そうじゃなかったようだね。…きっと、秀吉様に牙を剥くことは利口ではないって分かってたんだよ。兵の頭数だって、彼らは秀吉様の足元にも及ばないわけだし」

「…確かにな。だが、秀吉様に認めてもらいたくてこんな真似をするとは…」


どこか憐れむような、呆れたような、そんな溜息を吐く清正に私も同意する。

各国の勇将が集まって焦るのは分かるけど、それを抑え、一層の努力をする気にはならなかったのだろうか。急がば回れ、いくら急に認めてもらえなくても積み重なればいつか目にしてくれると考えなかったのか。どうして負けてしまったのかと思う反面、私はこうはならないだろうなとも考える。

これから彼らの家は根掘り葉掘り調べ上げられるんだろう。賊が未遂だったからまだしも、秀吉様の民を危険にさらそうとしたのだから、お咎めがあるはずだ。こんな風には、なりたくないもんだ。



さて、用が済んだので賊や兵達と城へ戻ることになった。

だけどその前に、だ。

別の場所で残りの賊と兵をぶっ倒したままになっていたので、彼らも拾っていきたいと告げたら綺麗な顔立ちの殿方が眉間に皺を寄せた。

怒ってんのかな。

ダメですか?と尋ねたら、そんなことは言っていないと素っ気なく返された。ありゃ、なんだか棘みたいな人だな。首を傾げて彼の後姿を見ていたら隣から苦笑が聞こえる。見れば、顔に傷が付いている殿方がいつの間にやらいた。


「すいませんね、朝は機嫌が悪いようなんで大目に見てやってください」

「はぁ…ところで初めてお会いしますよね」

「ええ。俺は島左近。前を行くのは俺の殿で石田三成といいます。もっとも、俺達は昨日の宴であんたを見てはいるんですけどね」

「私は鳴です。私もお二人の姿は目にしてたんですが名前を知らなかったもので。でももう覚えました、島様に石田様で」

「殿はともかく、俺は左近でいいですよ。こっちも鳴さんと呼ばせて頂きます」

「じゃあそうします。ところで清正、秀吉様に話をした後、うちの主はどうしたの」

「…長宗我部なら、話が済んだから後は待つ、と」

「………絶対朝餉食べてるなあの人」


まぁいいけどさ、とちょっと不貞腐れたら、清正と左近さんに苦笑された。

いいんだよ、別に。危ない所に来られても気が気じゃないし。きっと私の腕を信じてくれてるから、自分が行かなくても問題ないだろうと思ってるんだろうし。でも話が通ったよーっていう忍くらいは送ってくれても良かったのではないか。ちゃんと伝わったか不安だったでしょうに。清正達が行くからいーや、とか思ったのかな。


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