お医者様と魏軍の皆様。
□七、危なっかしいお医者様。
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王異と翆榔は出会った日から少しずつ会話を深めるようになった。他人に対して素っ気ない王異の性格を掴んでいるのか、翆榔はつかず離れずを保ちながら接している。頻繁に一緒にいることはないが、出会えば長話をしていく。そんな形で、二人は少しずつ仲良くなっていった。
ある日のこと。いつものように仕事をしていた翆榔を訪ねる男が一人。彼は以前、翆榔に手当てをしてもらった人のようで、この日は御礼をする為にやってきたのだという。翆榔にささやかながらの差し入れを渡した男は満足そうに出て行った。
「それが、この桃ということね」
仕事の合間に会った王異を茶に誘った翆榔はこくりと頷く。翆榔は幸せそうに桃にかぶりついている。王異はそんな彼女の様子に、小さく笑みを浮かべる。そして自分も桃の果肉に唇を寄せた。
「桃って美味しいよねぇ…幸せ」
「そうね」
「あの人良い人だなー私の好みを分かっていると見たー」
「分かっているかどうかは別として、きちんと御礼が出来る人、という意味では良い人なんでしょうね」
「うんうん。また手当てしたら桃くれるかなぁ…」
「……。」
見返りを求める気を惜しみもなく出した翆榔に王異は無言で桃を齧る。素直に言葉に出し過ぎだと思うが、話すにつれ彼女の性格を把握しつつある王異なので、とりあえずそのままにしておいた。
しかし、だ。
「…貴女、いつか好物を餌にそのまま連れて行かれそうね」
桃を渡してきた男が礼儀を重んじているようには感じたが、信用出来るとは限らない。今のところは「良い人」ということだ。王異はそのように警戒心を抱いている。
一方の翆榔はご覧の通り、好物をくれる人は皆良い人、と考えている節もあるので危なっかしいことこの上ない。警戒心が無いわけではない筈なのに、懐柔されやすいのであった。
王異の言葉に、翆榔はそんなことはない、と否定したが、相変わらず桃にばかり気を取られているので説得力はまるでなかった。王異は溜息をつく。
「皆が皆いい人ではないのよ。いざという時の為に感謝をされても人をよく見た方がいいわ」
「だーいじょうぶだよ王異。そんなに心配しなくたってさぁ…」
「心配なんて…してないわ」
「あはは、そっかぁ」
ぶっきらぼうに返す王異に翆榔は笑う。照れ隠しというか、人に対してあまり歩み寄らない自分を知っているから、心配だとか人を気にする発言を指摘されると王異は恥ずかしくなるらしい。翆榔もそれが分かっているから、気にせず笑みを浮かべるだけで収めたのだった。
それから何日かまた過ぎる。翆榔は登城すると件の男によく話しかけられた。しつこい様子はなく、あくまで挨拶を交わしたり、世間話をする程度。それでも、翆榔の好物が桃だと知っているらしい男はちょくちょく差し入れをした。
幸せそうに桃の話をする翆榔に王異は違和感を持ち始める。挨拶を交わしたり世間話をする程度、たまの差し入れだが、男は彼女に好意を抱いているのではないか、と思った。別に、どの男が翆榔に惚れようと、王異は構わない筈だったのだ。それなのに、どういうわけか胸の辺りがもやもやする。
このもやの正体はなんなのだろう。あまりの不快感に、王異は耐えきれず酒の付き合いの場で上官である司馬懿に話をしてみた。司馬懿は彼女の話を聞くなり、呆れたような表情を浮かべる。
「何ですか」
「王異…それは嫉妬だろう」
「嫉妬…?」
「あの医者の娘に話しかける男に嫉妬をしているのだ、お前は」
「…、そんなことは」
「ならば何故気になる。…お前にとってあの娘は此処に来て初めて出来た友人のようなものだろう。それが何処からともなくやってきた男に取られそうになっている。恋路と似たようなものだな」
司馬懿の言葉に王異は頭を抱える。恋路と似たようなもの…。それを聞いた時に確かに、と納得した自分がいた。知らないうちに友人として翆榔に執着をしていたのかもしれない。違う違うと思いながら、やはりあの男のことが気になって仕方がないのだから。