お医者様と魏軍の皆様。

□拾壱、お医者様の災難と不良軍師の内緒話。
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「郭嘉様に近付かないで頂戴!」

「えーなんでですか」

「邪魔になっているのよ郭嘉様の!分からないの!?」

「いえ、まったく。」

ある日の城の庭。翆榔が井戸の水を汲みにやってきたところ、郭嘉の取り巻きに突っかかられた。どうやら彼女達は、先日曲がり角で躓いた時に郭嘉が助けてくれたことを知っているらしい。

彼女達の文句に、翆榔は面倒臭そうにしながらも桶に水を汲みいれる。早く戻りたいのに彼女達が立ちはだかっているので困る。押しのけていくことも可能だが、水が零れる。どうしようか、と思っていると、突然彼女の頭上から水が降ってきた。頭から膝の辺りまでがびっしょり濡れた翆榔は何が起こったのかと彼女達を見る。どうやら取り巻きの一人が別の桶に張った水を彼女にかけたようだ。

翆榔はやれやれと溜息をついた。


「あー、着替え持ってきていないのに」

「いい気味ね、郭嘉様に近付くとこうなるのよ、覚えておきなさい」

「えい」

「っきゃあ!」


見下す女に今度は翆榔が持っていた桶を振りまわして水を掛けた。全身びしょ濡れになった女はキッと翆榔を睨むが、翆榔は澄ました顔でいつの間にか拾った柄杓を鼻先に突きつける。


「もー鬱陶しいなぁ。近付くとか近付かないとか知らないよそんなの面倒臭い」

「な、なっ」

「ていうかさぁー仕事中は突っかかって来るのは、やめてね」


翆榔は黙っている取り巻きから視線を外し、柄杓をそこら辺に放り投げてもう一度水を汲んだ。取り巻きの横をすり抜け、ずんずん歩いていく翆榔の心は穏やかではない。

まったくもって、郭嘉の御蔭で何回目のやり取りだろうか。確かに郭嘉は美丈夫で人当たりも良いから人気があるのも無理はない。けれどもその被害が自分に来るのはいただけない。郭嘉のことは嫌いではなく寧ろ好きな方ではあったものの、そのまま心に秘める程、彼女は淑やかな女性ではない。

とはいえ、彼が誰とどう付き合おうとも翆榔が口を出せることではないし、取り巻き達が翆榔と付き合わないよう郭嘉に言っても、決めるのは郭嘉なのだ。そういうことも分かっているので翆榔は文句は言うものの、なんとかして、というお願いはしないのだった。こういうことは自分の采配次第でかわすことも可能なのだ。自分にそれが出来ることを翆榔は自覚しているし、彼女達もきっと武器などを持ち出したりするほど危険でもないと思っているのでなんとかなる筈だ。

要するに、今の彼女は、とにかく発散したいだけである。


「あの不良軍師が」


軍医のところへ戻るなり、桶をダンッと置いた翆榔に軍医は目を丸くする。丁度そこには鍛練でかすり傷を負ったという王異がいて、王異も珍しく怒っている翆榔を不思議そうに見つめている。


「翆榔、貴女どうしたの?びしょ濡れじゃない」

「あーあーそうなんだよ聞いてよもう。どこぞの不良軍師の人当たりの良さと男振りの御蔭で私は毎回迷惑なんだよーう」

「なんだお前、また郭嘉様の取り巻きに文句言われたのか?」

「文句だけならいいんですけどねー水ですよ水。ああもう、着替え持ってきてないのに」

「おいおい大丈夫か?とりあえず手ぬぐいで髪拭いとけ」

「手ぬぐい…おーあった、…っくしゅ!」


くしゃみをしながら手ぬぐいを見つけた翆榔はまとめていた髪を解く。今日は一纏めの三つ編みにしていたので、ほどいた途端に髪が波打った。くせのついた髪を構わず拭いていると、手当ての終わった王異がやってきて、自分の手ぬぐいを取り出した。翆榔の拭き方が足りないと思ったのだろう。王異は溜息をつきながら、彼女の髪を少々強めに拭き始めた。


「うわ、ちょ、王異」

「我慢しなさい、ちゃんと拭かないと風邪を引くわよ」

「わ、分かったけど、いたたたた」

「とりあえずよ、翆榔。誰かに服を借りてきな。今日は天気がいいから、お前の服は干しとけば乾くだろ」

「私の服を貸してあげるわ。少し大きいかもしれないけれど、そのままよりはマシでしょう?」

「うん、ありがと王異」


痛がりながら大人しく服を借りることにした翆榔は軍医に断って王異の部屋へ向かった。軍医はやれやれ、と溜息をつく。


「やたらと厄介事を引きつけるな、あいつは」





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