ふわり、時折ぴしゃり。

□噂は近くから。
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「文鴦の義姉を見てきたんだ」

自室に竹簡を届けに来た賈充を捕まえた司馬昭は、そういえば、という体を装って話し始めた。


(またいつもの怠け癖か)


賈充は構わず、いつもより若干大きな音を立てて竹簡を机に置く。


「そんなことよりさっさとこの竹簡を片付けろ」

「急ぎじゃないだろ?やるって、後で。それでさ、その義姉―…黄崋ってのが結構面白いんだよな」


無理やり自分の話を聞かせようとしている司馬昭。こういう時の彼は気になることを話すまで他のことに手をつけない。長年の付き合いで彼の事をよく知っている賈充は面倒臭そうに眉を寄せたが、結局話を聞いてやることにしたらしい。賈充は司馬昭の机の端に寄りかかり、腕を組んだ。司馬昭は満足そうに頬杖をつく。


「噂によれば、血の繋がりがないから文欽には冷たくされていたらしい。でもなんていうか…、そんな寂しさや悲しさを微塵も感じさせないような奴だったんだ」

「ほう…」

「素直なんだよな、凄く。菓子をあげればすげぇ喜ぶし、鷹を見せてやれば興味津々。で、その鷹に髪をついばまれて元姫に助けられてんだぜ?面白いだろ」

「さぁ…どうだろうな」

「まだあるぞ。この前竹簡庫に案内してやったら何もないところで躓いてさ、棚にぶつかったんだ。それだけならまだいいんだが、ぶつかった拍子に竹簡が山のように落ちてきて……っ」



話しながらその時の光景を思い出したのだろう。司馬昭は机をばしばし叩いて大笑いする。その後の黄崋はたくさんの竹簡が降ってきたことでひどくびっくりしたらしく、これでもかという程に目を丸くしていたのだという。ちなみにその時の司馬昭も竹簡庫の床に転げ回って笑っていた。あんまり彼が笑うので付き添っていた元姫が注意したが、元姫も最後には、ごめんなさい、と言いながら小さく吹き出していたようだ。


「そ…その時の、黄崋の顔がさ…っもう最高で…っ!」


ついに机に突っ伏した司馬昭が声を引くつかせながら話す。賈充はその話を聞いて一言。


「阿呆なのかその女」

「阿呆ってなんだよ!面白いんだからなあいつ!」


バッと顔を上げた司馬昭に対し、賈充は冷ややかな眼差しを送っている。話を聞く限り、賈充の中の黄崋はただのとぼけた女にしか思えなかったようだ。文欽が乱を起こした際、その子の文鴦は赦された。けれども、黄崋に至っては文鴦のように腕が立つわけでもない。司馬家の役に立つとは到底思えなかった。

何故そんな女を連れてきたのか、と言わんばかりの賈充に、司馬昭はやれやれと頬杖を止める。


「賈充、お前も黄崋に会ったら面白いと思うぞ。絶対」

「子上、お前は暇潰しの為にその女を連れてきたのか」

「そういうわけじゃない。ちょっと抜けてるけど、あいつには才があると思うよ」

「…ほう、根拠は?」

「勘」

「……子上、そろそろ仕事をしたらどうだ?」

これ以上話しても時間の無駄だ。賈充は目を細めて竹簡を顎で指す。司馬昭は心底嫌そうな顔をしながら筆を取った。


「ま、そのうち黄崋の才も目立つようになるさ。文鴦の義姉ってだけで、随分目立ってるけど」

「…だと、いいがな」

賈充の素っ気ない返事に司馬昭はこれ以上は仕方がないかと考える。賈充は才が無い者には少々手厳しい。今の話では黄崋は完全に阿呆な女という認識になっている。


(…けど、近いうちにそれを訂正することになるだろうな)







楽しみだ!







司馬昭は内心ほくそ笑んだ。その時が来たら、また面白くなる。それを楽しみにしつつ、今日は竹簡を片付けるとするか。司馬昭はようやく筆に墨を付けた。


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始まった奇妙な話。賈充さんを呆れさせたくて始めたのでいつ燃料切れるか怖い怖い…。基本的にはやはりのんびりほんわかです。よろしくお願いします。

噂は近くから→噂は遠くから、を逆に書いてみただけ。そのまんまですね。


 

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