ふわり、時折ぴしゃり。

□人を見たら泥棒と思って下さい。
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文鴦は義姉のことを大切に思っている。普段はぼんやりしているけれど、時として凛とした物言いをする彼女を純粋に尊敬していた。折れることを知らないような、しなやかな強さを持つ黄崋を守りたいと常々思っているのである。

しかしながら、端から見ていると文鴦は少々過保護なところもあるらしい。今、彼は中庭にて頭一つ分以上下にある黄崋の顔をじっと見ている。不機嫌そうな義弟の様子を、黄崋はどこか恐る恐る見上げていた。


「…義姉上、いくら初対面でも会ってすぐの、しかも男に着いていくなど無防備にも程があります」

「あ、あの…着いていってはいません。賈充様が止めて下さいました」

「賈充殿が止めなければ着いていったということでしょう!子供でも不用意に着いて行ったりなどしませんよ」

「えっと…はい、ごめんなさい…」


しゅん、と肩を竦める黄崋はさながら文鴦よりも年下に見える。擦れ違い様、様子を窺う者達はなんとなくその様子を微笑ましく思いながら去っていく。たとえ義弟に怒られていても、心配されている黄崋は義弟に愛されていると、彼らの目には映るのだろう。

一方の黄崋はというと、内心で首を傾げていた。文鴦は一体どこで先日の話を聞いたのだろう。少なくとも、自分は話していない。そのことを恐る恐る尋ねれば、文鴦は呆れたような溜息を吐く。


「賈充殿から聞きました。『手に負えないからお前からも言っておけ』、と」

「…手に負えない…ですか。…そんなに手に負えないようなこと、言ったかしら…?」

「言おうが言ってなかろうがどちらでも良いです。とにかく、今後は不用意に初対面の人に着いていくことなどないようにしてください」

「分かりました…その、もう怒らないでください…」


ますますしゅんとした黄崋はとうとう文鴦の顔を見上げるのも辛くなったようで俯いてしまった。今までは屋敷の中にいることが多かったので他者と接する機会などそうそう無かった。だから、今までは人付き合いで文鴦に叱られることなど皆無だったのだ。

これからは気を付けよう、と決めてもう一度謝れば文鴦もようやく落ち着いた。仕方がない、とでも言うように苦笑すると黄崋の手に優しく触れる。


「しかし…そうは言っても、やはり義姉上が私以外の方と話をするのは嬉しいことです。今まではそのような機会、あまりありませんでしたから」

「ええ…、世には多くの人がいると分かってはいましたが、実際に話してみるととても楽しいのですね」

「…貴女が他者を怖がるような方でなくて良かった」


文鴦が穏やかに微笑めば、黄崋も同じように微笑む。黄崋の性格からして、他者を不用意に怖がることはしないと察してはいた。だが、実際はどうなるか分からない。心配していた文鴦だったが、黄崋は難なく司馬昭や元姫、賈充といった面々と話せる仲になったようだ。純粋に良かった、と思う文鴦である。



「そういえば、もうすぐ桃の季節ですね」


中庭にある桃の木を見つめて、黄崋は呟いた。黄崋は桃が好きだった。桃は花が美しく香りも良いが、一番の理由は文欽が一度だけ彼女に桃の枝を贈ったことだ。文鴦を通じて桃の花の枝を贈られた時、黄崋はそれは嬉しそうにしていた。文鴦はその時のことを今でも覚えている。父自ら花をつけた枝を手折り、これをお前の義姉へ、と言ったのだ。何故突然、枝を贈ろうなどと思ったのかは分からない。だが、そんなことはどうでも良かった。父からの最初で最後の贈り物。子供達にとって、この一件以来、桃は特別な物に変わったのだ。





いつまでも覚えている。







文鴦は黄崋を真っ直ぐに見つめた。


「花が咲く頃、また枝をいただいてきましょう」

「ふふ、ありがとう次騫。でも、今年はいいの」

「…良いのですか?」

「ええ。だって、今年は此処に来て、見ることが出来るもの」


自由に外へ出られるようになった身なのだ。屋敷にいた時とは違って今年は桃の木の下に来て見ることが出来る。黄崋は嬉しそうに笑うと、花が咲いたら見に来ましょうね、と文鴦に言った。文鴦も、黄崋を眩しそうに見つめながら、満足そうに頷いた。




−−−−−
夢主さんを叱ってはみたものの、文鴦も負けず劣らずの素直さを持っていると思います。

人を見たら泥棒と思え→警戒心を持ちましょう。



 

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